美術世界の革命 | ricky321のブログ

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整理のために適当に端折って人物ごとに書きます。

①ジャン・フランソア・ミレー(1814~1875)

ミレーという人物や商品などが多いのでファーストネームを書きました。

絵は貴族やお金持ちたちの物であった。求めに応じて職業画家は彼らの好む絵を描いた、従来は。

ミレーは金持ちの好む絵ではなく、自分が描きたいものを描いた。農夫や農婦である。これが革命的であった。ことに「種まく人」は、我が国でもよく知られる。山梨県立美術館が大枚をはたいて手に入れた。もっともその前から岩波書店がシンボルマークとして採用している(したの○の絵)。アカデミックな出版社(もう一つの意味でアカでもある)であるから、学問は庶民のものでもある、教育の機会均等を訴える意味があるのだろう。

②セザンヌ(1839~1906)

前項で描いた印象派の画家の一団に入る。が、後に印象派とは距離を置くようになる。印象派というのはなかなか面白いネーミングで、Impressionism・印象を、瞬間(特に光)を捉えようとしていた。

一旦セザンヌの話は横に置く。上はゴッホの素描である。ゴッホは色彩を離れてもなお我々に訴える強いものがある。素描ですらエグい。技巧だってかなりのものだ。

これに対してセザンヌは、申し訳ない言い方だが、へっぽこであった。

セザンヌが画家を志した頃の絵。左右の腕の長さか明らかに違う。時空を越えてセザンヌが東京藝大の試験を受ければ、不合格である。

が、セザンヌは鈍感であった。どんなに落選しようが貶されようが描き続けた。ただ、彼にとって幸いだったのは印象派の画家たちが世間に色彩の重要さを訴えていたからである。セザンヌは色彩感覚には優れていたので、少数ながら支持者がいた。

下はセザンヌの静物画である。果物の置き方が無造作であり、すわりがよろしくない。やはりへっぽこである。

さらに、リンゴが下へ転がり落ちないのが不思議でもある。つまり不自然ある。しかしセザンヌ本人は「瞬間を切り取るのではなく、普遍的なものを絵にしたい」と企図していた。目の前にある静物を忠実に描くのではなく、頭の中で再構築したのである。

これがセザンヌの革命で、後の抽象絵画につながる。セザンヌは19世紀で生涯が終わらなかった。20世紀に足を掛けている。ちょっとこれは大きいぞ、と小生は思っている。

 

③ピカソ(1881~1973)

ピカソは小生が小さい頃、未だ存命であった。20世紀、おそらく最高の革命画家であろう。亡くなった時には大ニュースになった。理解のない人たちにとって「現代絵画はよくわからん」。その「よくわからん」画家がピカソであった。それもそのはずで、美術=美しいという概念をぶち壊してしまったのである。

セザンヌのように正面から見た視点だけでなく多方向から見た像である。キュビズムの萌芽がある。以下はインターネット西洋美術館の解説より。

娼婦宿のあるスペインのバルセロナ、アビニヨー通りから命名されたこの大作は、娼窟を描いたもの。
画面左側の女性の横顔は古代エジプト彫刻、中央の2人の顔には、イベリア彫刻(古代スペイン彫刻)、また、グロテスクに歪曲された右の2人の顔には、アフリカ彫刻の影響が見え隠れする。また右手前の女性は背を向けているにもかかわらず、顔だけがこちら側をにらんでいる。
本作は、遠近法や明暗法などによって得られる写実的な現実感ではない、絵画ならではの新しい現実感を得るために、事物の形をいったん解体したうえで、画面のなかで複数の視点から再構成する「キュビスム」の起点とされる。さらには、遠近法や明暗法に基づく伝統的な絵画の約束事を根本からくつがえした点で、現代絵画の出発点ともいわれる。