4/14。遅番で会社にいた。かなりの揺れ、未体験のものだった。
4/16。寝床で丸谷才一の本を手に半眠状態だったが、ドシーンである。小さい地震の時のグラグラではなかった。殆ど観ないテレビが倒れてきてメガネが潰れた。自分の頭へ落ちてきた可能性もあった。即停電である。
戸外へ出て近所の人たちと安否確認をしあった。
役所から★★老人センターを避難所として解放する旨放送があった。当時、存命だった生母が入院中だったので、病院へ電話を掛けた(後で分かったことだが、この病院は築2~3年の新しい建物でさほど揺れを感じなかったらしい)。
小生が思いついた安全な場所は警察の駐車場である。母のいた病院同様新しく、駐車場も広い。自家用車で警察に行って一旦停車し、徒歩で★★老人センターを見に行ったら、案の定満杯である。
明らかに指定の場所では多分避難希望者を受け入れ切れない。恐らくは小中学校の体育館を開放せざるを得なくなるだろうと思って待ったら、最初の放送から1時間経ったところで、やはり、再び放送があって、公立小中高の体育館で受け入れるとのことだった。
警察のすぐ近くに小学校も中学校もある。しかし小生は、着の身着のままの格好(パジャマに着替える習慣がない)に加え、持ってきたものが、ブルゾン、ジャージ、タオルケットくらいしかないので、体育館に行ったら多分寒い。そのまま警察の駐車場で夜明かしした。
ある意味、こういう場合警察は情報が集まる(マスコミの記者も取材に来ていた)。トイレも借りられる。
正直、後はあまり覚えていない。
水道は2日くらい経って使えるようになった。しかし濁っていたので飲料に使えるようになるまで10日くらい待っただろうか。身体が臭くてたまらないという思い出はないから、少々濁ったまま入浴したのだろうと思う。飲料水は一旦沸かしてから冷ましていただろうか。
半日くらいの停電で済んだと思う。しばらくは家でなく、文句も言われないし、注意もされないので警察署の駐車場にクルマを停めて寝た。
これは激甚だな、とつくづく思ったのは16日の日中、営業していないコンビニに営業停止の貼り紙すらなかったことである。コンビニというコンビニは全て閉店していた。
小生の生活エリアでは使えなくなった道路はなかった。しかし、歴然と幹線道路とその他の県道とはかなり差があって、同じ系列のドラッグストアでも国道3号線(北九州~薩摩半島南端)に近いところから営業再開していった。△△、□□がサプライチェーンの復旧が早く、▲▲や■■は待たされる、というような。復旧した店からたちまち姿を消したのがパンとペットボトルの水である。
余震は酷かった。「ただ今震度3の揺れを観測しました」というのはしょっちゅう。FMのNHKラジオ番組で東京のDJが「現在熊本の中学校の体育館に避難されている○○さんからのリクエストです。曲はhey say jumpの・・・・・・」と言うと、その時「番組の途中ですが熊本の放送局から地震の情報です」と割り込みが入る。○○さんはリクエスト曲が聴けないままである。
それから震災関連死が△名です、などとテレビやラジオが放送しているが、震災を機に、杖をついていた年寄りが車椅子生活になる。認知症になる。高血圧になる。そういうのを「見聞」している。つまり実際見ている。数字にこそ表れないが、確実に高齢者の命を縮めた筈だ。
お恥ずかしいことだが震災の記憶は薄れる。いとも簡単に薄れる。しかし今なお寝るときは枕元に携帯ラジオと懐中電灯を置く。これだけは今後も続けるだろう。大地震が起きたら、やっぱり同じように警察署の駐車場へ向かうだろう。
↑↑↑↑ここまでは以前書いたかもしれない。
教訓としては
①避難場所を決めておくなど日頃からやるべきことはやっておく
②基本的に新しい建物の方が安全である
③ご近所の人とコミュニケーションとまではいかなくても、日頃から挨拶くらいはしておくこと。見知った人が多くて損をすることはない。
絵はナンバンギセル。
小学生向けの植物図鑑では寄生植物と紹介されている。
「ほかの植物のからだの中に根をのばして、その植物の作った養分をすいとってしげる植物です。ヤドリギは自分の緑の葉でも養分を作るのですが、ナンバンギセルやネナシカヅラは、養分は全部ほかの植物からよこどりします。」とある。
つまり、自らは光合成を行わずに、他の植物が合成した有機物を吸収する。ナンバンギセルはイネ科、例えば陸稲(りくとう、おかぼ)から養分を奪い、根絶やしにすることもある。彼らはそういう(葉緑素を働かせてデンプンを生産しない)手段で生きることを選択した。
“よこどり”とはまるで泥棒扱いであり、人間の一方的な見方に過ぎない。植物の世界に倫理や道徳はない。我々だって寄生し、また寄生されて生きているとも言えないか?
ちなみに、植物図鑑にはこういう手書きの画が多い。なぜならば、写真では他の植物と入り交じってしまい、花弁や葉や茎といったパーツがわかりにくいからである。画によって対象の植物だけを抽出できる。もっとも、この作業も今後はAIが担っていくのだろうけれども。牧野富太郎はくっきりとした線で描き、明暗をつけるのも上手かった。美術的では泣く、科学的説明画である。興味のある方はググってみてください。

