「初めての児に」 吉野弘
おまえが生まれて間もない日。
禿鷹のように そのひとたちはやってきて
黒い革鞄のふたを あけたりしめたりした。
——生命保険の勧誘員だった。
(ずいぶん お耳がはやい)
私が驚いてみせると
その人たちは笑って答えた。
<匂いが届きますから>
顔の貌さえさだまらぬ
やわらかなお前の身体の
どこに
私は小さな死を
わけあたえたのだろう。
I was born 吉野弘
ーーーーI was born さ。受け身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだねーーー
父は怪訝そうな顔をしたが、やがて答えた。
ーーーー蜉蝣(かげろう)という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になったことがあってね 友人にその話をしたら これが蜉蝣の雌だと言って拡大鏡を見せてくれた 口は全く退化していて食物を摂るに適さない。胃の腑を開いても入っているのは空気ばかり。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお前を産み落としてすぐに死なれたのはーーーー。
※詩は全編でなく抜粋してあります。
なお、吉野弘氏が生母を亡くされたのは13歳の時です。つまりフィクションを交えてありますのでご諒解ください。
