映画は未見だが、原作をオーディブルで聴いている。葬儀社が舞台の話で、人の死と主人公(若い新卒社員)が直面する。故人の生前のエピソードと遺族の悲しむ姿を描けば、お涙頂戴の話が一丁あがり…となる。ついでに主人公と坊様に特殊能力があり、死者の姿や考えを‘読む’ことができる。
しかし、決して安直な話ではない。東京スカイツリーからの眺め、墓地に生える植物、隅田川上空を飛ぶ鳥等、風景描写が巧みである。
人生を60年もやっていればそれなりの死に出会う。家族一族のことばかりではない。ご近所、知人、もう既に同級生のそれにも遭ってきた。
死ばかりではない。数え切れない経験からハッとする場面は幾つもある。
なにより登場するキャラクターがきちんとしていて、弱みも強みもある。逸脱する行動思考は取らない。
ややライトではあるか、良い小説である。映画化したいという組織があるのも頷ける。
以下は著者へのインタビュー記事
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―この作品で描かれているのは、前に進む第一歩、“葬儀”のお話。「ほどなく、お別れです」という言葉は、映画のなかでも何度か登場する台詞です。
「この作品は私のデビュー作なのですが、当初別のタイトルでした。でもやはり変えたいとなっていろいろと悩んだのですが出てこなくて。担当編集さんが『思いつきました!』といって電話をくださったのがこのタイトル。聞いたときに、もうこれしかない!と思いました。この物語は葬儀を通じて、“区切り”をつけるというのを一つのテーマにしています。当事者としては葬儀の瞬間でも、ずっとこのまま時間が止まってほしいとすら思う気持ちや、亡くなった人への断ち切れない思いが絶対にあると思うのですが、葬祭プランナーという立場の人が第三者として『ほどなく、お別れです』と言うことで、ひとつ気持ちの区切りがつくのではないかと思いました。映画ではそんなデビュー作のタイトルを目黒さん、浜辺さんならではのトーンで台詞として語っていただき、改めて心に響く言葉だと感じています」
―前を向くための第一歩、区切りとなる言葉ですね。コロナ禍など、時代の影響もあって葬儀の形が変わりつつあります。それでも変わらない思いや葬儀の役割について、どんな風にお考えでしょうか?
「“コスパ”、“タイパ”と何かと簡略化するのは世の流れですが、人が、生き物が亡くなるという事実は絶対に変わりません。そしてそれを悼む気持ちも絶対に変わらないと思うのです。あくまでももうすぐ50歳になる私の考えですが、私自身は、おそらく生まれ持った日本人の死生観のようなものがあって、亡くなった方をきちんと弔いたいと思ってしまうのです。亡くなっても近くにいてくれるといったイメージはもち続けながらも、天国なのか極楽なのか、どこかで幸せにいてほしくて、そのためにはちゃんとした弔いをしてあげたい、そう思います。また、葬儀の準備で慌ただしくしている時は、一瞬この悲しみから離れることができますし、自分に対しても、亡くなった方に対しても何も悔いのない状態にしたい、そんな思いが葬儀にはあるのではないかと思っています」