つなぐ、つながる、というのは昨今の社会で存外重要なキーワードなのかもしれません。
タイトルそのまま、辻村深月『ツナグ』なる小説があったし、大塚愛のヒット曲の「さくらんぼ」では“隣同士”よりも“繋がっていたい”のフレーズの方が聴取者に訴えるものがあったのかも知れません。
ちょっと文学とは離れます。
久留里、小湊、いすみ鉄道などがかなり今回の台風で被害があったようです。委細は調べておりません。日田英彦山線も先年の大雨で流されて宙ぶらりん。復活は難しいでしょう。薩摩半島の西側を走ってた枕崎線も梅雨時の大雨が原因で廃線になった。赤字経営の路線は天災が廃線の引き金になりかねません。
NHKのBSで、大台ヶ原にかつてあった森林鉄道を特集した番組を見て、ふと思ったのです。
興味ない方には申し訳ありませんが(実際、小生は過去に全く興味ない人に「俺なんか鉄道の乗り方すら知らないぜ」と馬鹿にされたことがあります。その後間もなく絶縁しました。)、なぜ我々は鉄道が好きなのか?時刻表眺めているだけで楽しいのか。
繋がっているという感覚がそうさせるのでは、と思います。
ローカルな話で恐縮ですが、ちょっと距離がある上熊本と健軍が、乗り換えの必要はあっても、路面電車で繋がっているのです。もちろんバスを使って移動はできるのですが。鉄道は行き先が決まっていて、逸れることはないのです(非常にレアなケースですが、小生は一度、乗っていた路線バスの運転手さんが経由路を間違うという事件に遭遇したことがあります)。そこに安心感があるんじゃないか。
これまたローカルもいいとこですが、熊本市の植木北中という学校の前の歩道というかサイクリングロードがあって、多分鉄道ファンなら「これ、廃線になった鉄軌の跡じゃないか!」とピンと来ると思います。ロマンがあるんですね。
鉄道の持つ、繋がり/安心感/ロマン・郷愁。高速道路にはないものがある気がします。
※おまけ
辻原登『許されざる者』:クリントイーストウッドの映画とは全く関係ありません。大台ヶ原近く、熊野を舞台にした小説。鉄道が重要視された時代のお話。
松本清張『点と線』:線は鉄道を意味すると言ってもいいでしょう。点を繋ぐ手段としては飛行機もあるのですが。