『世界文学全集』で毎日出版文化賞。これには文句ない。
なぜならば、残雪(中国)、高行健(中国からフランスへ亡命)、バオニン(ベトナム)など、アジアの文学を紹介してくれた点は非常にありがたかった。石牟礼道子の再評価も然り。
しかし、刊行中の『日本文学全集』はかなり、口語訳者の選び方をかなり間違った。川上未映子の口語訳『たけくらべ』なんて、ふざけているとしか思えない。近現代詩集に自分の作品を選んでいるのも傲慢でしかない。
一昨日、池澤の日経朝刊連載小説『ワカタケル』がさっぱりおもしろくなかった。
〈作者の言葉〉数年前に『古事記』の現代語訳をして、神話めいた上巻より人間くさい中下巻の方がおもしろいと知った。
天皇たちの武勇伝は少なく、争いと色ごとが多い。その中で『日本書紀』に「大悪天皇」と記された二十一代雄略天皇を主人公にして小説を書くと決めた。
和名をワカタケルというこの人物は、中国の史書や古墳の遺物などで、実在したことがわかっている。暴君であると同時に偉大な国家建設者であった。
挿絵に鴻池朋子さんを得て勇気百倍。乞御期待!
https://ameblo.mom/takahikoyoshida/entry-12431243512.html
上記のような記事を見つけた。クレームもあった、とは断言していないが、おそらくは強烈な文句が読者からあった筈だ。乞御期待が大外れだったわけだ。文字を日本人に普及させたというところを池澤は強調したかったようだが、読者に伝わっただろうか。
半年くらい後に刊行されるだろうが、売れるとは思わない。
確かに、“色々な賞も受賞し、芥川賞選考委員も務めた有名文学者”であることに変わりはないが、ムラッ気があると解釈したほうがよさそうだ。このムラッ気なるものは、谷崎潤一郎にも、司馬遼太郎にも井上靖にもある。
「よく知られた作家だから」、「定評があるから」といってあまり期待を持ちすぎると、得てして裏切られるし、誰それが面白いと言っていたものが自分に面白いとは限らない。
読書というものはまったくパーソナルなもの。作品の価値は自分でしか決められないものだからだ。つまらないと感じたものを無理に有意義なものだと自分に言い聞かせるのは時間の無駄でしかない。