https://withnews.jp/article/f0180112001qq000000000000000W08110101qq000016585A
今度は脚本の橋田壽賀子について書く。お断りしておくが、愚生は天気予報とニュースを除いて、TVを殆ど見ない。だから、橋田がどんなドラマを作ってきたのか、よく知らないで書いていることは承知してくださいね。
上の記事はたまたま見つけたものだが、橋田本人は「私の時代ではなくなった」「ホームドラマが成り立たなくなった」といろんなところで発言しているようである。
日経新聞「私の履歴書」の今年の5月は橋田壽賀子だった。実生活での骨子を書くと、父には愛人、それもれっきとした愛人(矛盾したことばだが)がおり、両親の中は悪かった。それ故、母は橋田を溺愛したのだが、とにかく本人にとってはうるさかった。制約されることや過干渉がいやで、家を出て東京の学校に入った。後年、仕事で関わった年下の男に惚れて結婚するのだが、亭主関白で、しかもその亭主がマザコンで姑に虐められた・・・ということである。嫁いびりというのはこういうことかと納得し、それが「おしん」の脚本に生きたらしい。
平成という時代は、パソコンと携帯電話が普及した時代で、実生活や仕事(生徒学生にとっては学校)とは別なところで、離れた場所にいる誰か、名前も住所も年齢も知らない人と関係を持ち合うことが出来るようになった。ときにイヤホンで音楽を聴いて周りとの関係を遮断することも出来る。カレとカノジョがカフェで、各々のスマホに見入っていて会話すら交わさないという光景も珍しくない。従来の「家族」なるものの概念がかなり変わったのではないか。
ゆえに橋田がホームドラマが難しい、というのも肯ける。
しかし、その一方、二回に分けて書いたが、髙村薫『我らが少女A』は、平成初年度生まれの男女が主だった登場人物になるが、それぞれの家庭は崩壊していると言っていい。揃って出掛ける、食事を摂ることなど、まずないのである。ゲームやテレビや漫画といった、風俗的なものを60代半ばの髙村は“総力取材”している。
もちろん橋田を腐しているのではないが、ギブアップした橋田としなかった髙村は対照的であると思った。
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異例なくらい多投稿した今月だが、まああんまりパソコンばっかり触っていてもね、という気持ちです。8月9月の境は心と身体の節目です。7、8月は暑い中でも、厚着して身体を動かします。ダイエットしやすいし、多少無理しても関節を傷めにくいからです。これを9月まで継続すると、ただ疲れます。一応は脂肪の燃焼しやすい身体になっていますから、すこしサボっても、太りにくくなっているので大丈夫です。それから9月になると翌年のダイヤりーブックやカレンダーが発売されるので、もう間もなく今年も終わりかというカウントダウンが始まります。
10月1日に、今年の(H30/Oct~R1/Sep)ベストブックオブザイヤーを選ぶ予定です。もしよかったらお越しください。それから、多和田葉子がノーベル文学賞を獲った場合、図書館司書さんたちにあれこれ指図しなければならないので、その準備に掛かっておきます。実はその図書館に多和田葉子の本は殆ど置いてありません。当然ながら、多和田が選ばれない可能性の方が高いし、村上春樹に回ることだってあるでしょう。しかし、こういう無駄こそが愚生には楽しいのです。