『イワン・デニーソヴィチの一日』ソルジェニーツィン: 木村浩訳/新潮文庫19-105
★★★★★インターナショナル・アクセプタブルと言っていいのだろうか。どの言語に訳されても、どの国や地域でも受け入れられるであろう、ノーベル賞受賞に納得できる物語世界である。
今さら、ここで愚生が書いても詮ないことだが、ちょっとした誤解で───ちょっとした、という表現が憚られるのだが、ソビエト兵として、ドイツ軍と戦っている中で捕虜となる。どうにか仲間と共に脱走に成功する。しかし、「そんなに簡単にドイツの包囲を破れるのか」と思われたのであろう。スパイと見做されてしまう───極寒の捕虜収容所に入れられ、何の希望もないまま日々を送る、元農民の一日である。
主人公が、捕らわれの身となった過程は簡単にしか説明されていない。おそらく、他の囚人たちも大概は善人で、スターリンの支配下でなければ、娑婆で普通に暮らしているはずなのである。ところが、ソルジェニーツィンはそんなことに頁を割かない。ひたすら、食事、労働、衣服、獄内での人間関係、襲ってくる寒さ、といったプリズンの一日を描くことに専念している。どうにか一日をやり過ごしたイワンは“すっかり満ち足りた気持ちで”眠りに落ちる。
昨日(2019/06/30)米国の大統領が、北朝鮮の指導者と会談した。TVで、とある解説者が「これは大統領選挙を控えて、北朝鮮を非核化に向かわせているという雰囲気を演出しているに過ぎない」という意味のことを言っていた。これはおおいに納得できる。恐らくはパフォーマンスであって実質的進展は何もないだろう。米国の利益のためでも、まして国際的秩序のためでもない。共和党支持者でもない、選挙に勝つためのショーでしかない。トランプ(独善者)がスターリン(独裁者)と被って見えた。
未だにそのTVという代物で、キャスターがえらそうに「投票に行きましょう。間違った政治家を当選させないようにしましょう。」などと言っている。同じく昨日は大雨か気になってNHKをつけっぱなしにしていたら、進撃の巨人やガンダムを放送している。これは民業の圧迫ではないか?妙な例えで恐縮だが、本来は民放の番組でバンダイなどがスポンサーを務めるのが望ましいのでは、と思った。
資本主義も民主主義も限界が見えたきた。大なれ小なれ、我々も囚人みたいなものではないだろうか。