深養父と元輔と清少納言 | ricky321のブログ

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皆人々よみ出だして、よしあしなど定めらるるほどに、いささかなる御文を書きて、投げ給はせたり。見れば、
元輔が後といはるる君しもや今宵の歌にはづれてはをる
とあるを見るに、をかしき事ぞたぐひなきや。
いみじう笑へば、「何事ぞ何事ぞ」とおとども問ひ給ふ。
「その人の後といはれぬ身なりせば今宵の歌をまづぞよままし
つつむ事候はずは、千の歌なりと、これよりなむ出でまうで来まし」と啓しつ。

みんなが歌を披露して、善し悪しが決められている時に、
中宮様がちょっとしたお手紙を書いて、私に投げてくださったのです。見ると、
(歌人として名高い、あなたはあの清原元輔の娘であるのに、今日の歌会では仲間はずれなのね)
とあるのを見て、面白いことといったらございませんこと。
私が大笑いしていると、「何だ何だ」と内大臣様もお尋ねになったのです。
(その元輔の子であると言われることのない身だったら、今夜の歌会では真っ先に詠んだでしょう)
なにもはばかることがないのでしたら、千首の歌だって私の口から出てくるでしょう、と申し上げました。
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枕草子九十九段の一部。この「段」というのがくせ者。本によっては九十四段となっていることもある。県立図書館で「私の手持ちの岩波文庫の段分けと、この図書館の本のとは違っているんだけど、どうしてだろう。」と訊くと、「それは定本の違いでしょう。」つまり、複数の定本(底本)があるからだ、ということだった。昨今、こういうことをきちんと答えてくれる司書さんは珍しい。
まあ、こんな具合に清少納言は有名歌人の父がいることで、プレッシャーにさらされているのである。作者が短歌を詠んで下手な筈はない。あきらかに過剰に謙遜しているのである。こういうのが清少納言の嫌味なところだと嫌う人もいる。
曾祖父(これまた面倒だが、一説によると祖父)の清原深養父は、古今集のメイン歌人のひとりである。当時の宮廷教養人は古今集を諳んじて(つまり丸暗記)いるのが常識だったらしいから、中宮定子のもとに出仕する以前から深養父と元輔の血を引く清少納言は有名人だったとも言える。
※この話はまた次回に。