しめくくりの「土佐日記」 | ricky321のブログ

ricky321のブログ

ブログの説明を入力します。

やまとうたは、人のこゝろをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける。よの中にあるひとことわざしげきものなれば、心におもふ事を、みるものきくものにつけていひいだせるなり。はなになくうぐひす、みづにすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるものいづれかうたをよまざりける。ちからをもいれずしてあめつちをうごかし、めに見えぬおにかみをもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきものゝふのこゝろをもなぐさむるはうたなり。
{以上、古今和哥集假名序}
“聲に出して讀みたい”名文である。韻文の名手は散文を書かせても上手い。

池澤夏樹は、この仮名序を【紀貫之は歌についてのみ語っているのではない。ことばはこれらすべての機能を備え、その先の未知の領域への探究心をもたらす】と評価している。

灘の国語の名物先生、中勘助『銀の匙』のみで中高6年間の現代国語を教えていた橋本武は、【文学世界に名声をとどめているに関わらず、在世中は官位に恵まれないというアンバランスが、貫之の心のしこりとなっていた。 土佐日記の 影見れば波の底なるひさかたの空漕ぎ渡るわれぞさみしき(水面にうつる影を見ると、海の底にも空がある。この空を漕いでいる私は浮かび上がれないなあ)は不遇を歎く作者のもうひとつの姿を物語る。】

丸谷才一【源氏物語の作中人物たちは古今集の和歌をすべてそらんじていなければならなかつたことは、実質的に古今集の編集長であつた紀貫之の権威を示す。】

田辺聖子【当時、男が日記を書くとすれば漢文しかなかった。しかし漢文では、悲しみや心のひだといったものは漢文では書き尽くせない。ゆえに女手で土佐日記を書いた。女手であったからこそ、子ども失った悲しみを語り続けることができた。】

鈴木知太郎は
①女性(文学者)の将来像を示した
②仮名文を用いることで、女流文学のみならず、日本文芸の行くべき道を開拓した
③散文と韻文の融合をはかり、後続文芸に一つの規範と少なからぬ影響を与えた
と岩波文庫で整理している。