ゴジム | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、「キレイごととホンネ」。

どちらが面白いかというと、絶対ホンネ。

「建前と本音」とも言うけれど、建前とキレイごととは若干ニュアンスが違うと思うがどうだろう?

何を言おうとしているかというと、アメリカのことである。

(なんか、ぼくの文章は「いう」という表現が多いなぁ。(-_-;))

アメリカはいつもキレイごとだ。

昨日観た映画【アメリカンスナイパー】もキレイごとだった。

いくらスナイパーだとしても、たった一人で160人も殺したのだ。(非公式には220人以上)

仲間の命を守るためといっても、それだけ射殺すれば神経が麻痺していたとしか思えない。

それだけ人の命を奪ったのなら、屠殺に近い感覚になっていたのではないか。

殺人が機械的に行われていたのだ。

それは、連続殺人犯とどれほどの違いがあるのだろうか?

主人公が感じていたものは、「快感」だったと分析したら、自信を持ってその分析を否定できるであろうか?

・・・・・・

同じ殺人でも、平和な時は「殺人鬼」である。

それが戦争なら「英雄」である。

主人公が映画の中で言う、

「オレは、生きたターゲットのほうが得意なんだ」と。

・・・・・・

映画の中で、最初に主人公が射殺するのは「少年」である。

次に射殺するのが、その母親である。

映画では、主人公のスナイパーに対して無線でこちらでは状況確認できないから、殺すか殺さないかの判断は君に任せると本部(?)から指示が出る。

160人の中に、「無実」の者は絶対に含まれていなかったと断言できるであろうか。

・・・・・・

それが戦争だといってしまえばそうかも知れない。

・・・・・・

ぼくはそれを否定しない。

やらなきゃやられる。

だったら、やられる前にやるしかない。

そんな緊迫した戦場に身を置いたことがないから、とやかく言う資格はぼくにはない。

・・・・・・

だが、それを「キレイごと」にするのは抵抗がある。

やはりホンネで語るべきだと思う。

英雄に祭り上げて自らを納得させるのは止めよう。

連続殺人鬼と英雄の共通性に鋭い目を向けよう。

アメリカ人は、イラクをこのような状況に追い込んだのは、まさしくアメリカではなかったかという疑問を自らに発しよう。

・・・・・・

そういう視点をアメリカ人が持たなければ、世界の誰も真面目にアメリカ人を相手にしないだろう。

原子爆弾をヒロシマに投下したのは早期に戦争を終わらせるためだった。

結果として、無駄な死が避けられた。

・・・・・・

そんな感想を、なぁ~んとなく「5時に夢中」を見ながら持ちました。

少なくとも「ゴジム」はホンネで語ることを目指している番組だから。^m^