・・・・・・っということで、いま話題の映画を観てきた。
ブラッドリー・クーパーは物悲しげな目がイイですね。
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さて、アメリカでは大ヒットだったそうである。
だが、この映画はアメリカ人が観るのと、それ以外の人が観るのとでは、評価が大きく異なる。
ぼくの正直な感想は、イーストウッドの中では凡作だと思う。
現代の戦争は「英雄が生まれにくい戦争」である。
4回ものイラク派遣で160人もの敵を射殺した実在の人物を描いている。
160人は公式記録で、非公式だと220人以上を殺しているとのこと。(子供も多数含まれる)
平和な時代ではとんでもない「殺人鬼」である。
ところが、戦争中なら紛れもない「英雄」である。
もちろんこれはアメリカ映画である。
アメリカ人にとって待望のヒーローの出現である。
だが、そのまま英雄に祭り上げる映画にしては誰も観やしない。
ただ単に数多くの敵を殺した兵士の物語だけなら、世界には受け入れられないだろう。
そこで、アメリカの英雄は単なる殺人鬼ではないことを描く。
曰く、PTSDで悩んだのだよ。
家庭があって、妻との関係でも悩んだんだよ。
父親として、子供と接することにも悩んだんだよ。
そして、自らの経験をPTSDで悩む退役軍人相手に役立たせていたんだよ。
・・・だから?
だから、アメリカの英雄は単なる殺人鬼ではなく、生身のヒーローなんだよ。
そんじょそこらの英雄ではなく、本物の英雄なんだよ。
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最後のエンドロールで、実際の彼の葬儀に向かう車列に沢山のアメリカ人が名残を惜しむ映像が延々と続く。
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さて、この段階でこの映画がアカデミー賞作品賞を取ったのか否かぼくは知らない。
間違いなく取れないだろう。
その理由は以上に書いたとおりである。
だが・・・
クリント・イーストウッドがこんな凡作を撮るだろうか?という疑問が残る。
彼は、この映画によってアメリカの「一途な愛国心」を戒めているのではないだろうか。
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だとすれば、この映画は凡作どころか、名作になる可能性を秘めているのである。
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