・・・・・・っということで、ぼくは少なくとも2年間イラクで暮らしていたことがある。
もう38年も前のことで、その頃はあのサダム・フセインは副大統領だった。
ぼくが帰任した後、サダムはライバルたちを粛清し、独裁政権を確立した。
その後、アラブ社会にはイラン、クウェート、UAE、エジプト、トルコなどを短期に訪れたことがある。
だからといっても、ぼくの知っているアラブ社会は現代のそれとはだいぶ異なるだろう。
だが一方で、あまり変わっていないのじゃないかという変な確信も持っている。
要するに貧しいのである。
特に、ソ連と経済関係を結んでいた国々は貧しいのではないか。
イスラム諸国は、ユダヤと結びつきの強いアメリカとは本質に組めない宿命を持っている。
ましてや、今の国境を勝手に線引きしたイギリスとフランスには敵対関係を持たざるを得ない。
必然的にソ連式の社会主義国を選択せざるを得なかったのが彼らの不幸の根本であろう。
それが、現在の彼らの貧困のベースである。
その貧困の原因を欧米のキリスト教とのライバル意識に求めるのは必然であった。
こう考えていくと、いまアラブ社会が陥っている出口のない閉塞感の原因は、宗教の問題ではなく、明らかに「経済問題」であることが理解できるのである。
その不満の矛先を宗教問題にすり替えたのは、アラブの為政者、即ち独裁者たちである。
イランがその不幸の始まりだったとぼくは見ている。
ホメイニによる革命。
そして、イスラム教を政治イデオロギーに置いたこと。
少なくとも、それまでのアラブ社会は「政教分離」であったはずだ。
だが、イランの成功(?)は、過激なイスラム教徒たちに影響を及ぼさなかったはずがない。
パーレビ王朝の時代にイランに行ったことがあるけれど、短い期間にもかかわらず貧富の差がひしひしと伝わってきた。
イラクに帰ると、均一な貧しさでホッとしたものである。
いくら社会主義であろうとも、貧困であろうとも、それなりの安定した秩序を保っていたのである。
そう、その秩序を壊したのは、アメリカである。
いつもアメリカの稚拙な外交が世界を混乱に陥れるのである。
・・・・・・
その後のアラブ社会の混沌。
イラン・イラク戦争、クウェート戦争、9.11に続くイラク戦争、一連の「アラブの春」ともてはやされた市民革命。
その革命の集大成がシリアでの泥沼の戦争であり、ICISの台頭である。
アメリカは自分で火を着けておいて、その結果から逃げ出そうとしている。
安定をもたらすつもりが、秩序を破壊しただけである。
ここで繰り返すが、ここまで見たとおり、これは「宗教問題」ではなく、「経済問題」であることを理解することが重要である。
イスラム教は口実として利用されているに過ぎない。
・・・・・・つづく。