テロについての考察(その5) | so what(だから何なんだ)

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・・・・・・っということで、イスラム教の教義の中にはテロのような過激な行為に走るような要素が含まれているのではないか?とずっと疑問を持っていた。

イスラム教は新しい宗教である。

キリスト教やユダヤ教と同じ神を崇めるイスラム教徒から見れば、自分たちの宗教が一番進んでいると思っている。

だから、イスラム教が攻撃的なのだろうか?

違うだろう。

イスラム教は「コーランか剣か」と言われていたように、そもそも攻撃的な宗教なのだろうか?

これは悪意のある伝説に過ぎない。

コーランは神の言葉がそのままストレートに書かれている。

だから、間違った解釈が生まれやすいのだろうか?

そうかも知れない。

たぶん、ほかの教典のように回りくどく書かれていないからなのだろう。

・・・・・・

だが、いくらコーランの教えが都合の良いように歪曲されがちだといっても、そもそも宗教というものは政治と切っても切れない関係ではなかったか。

ローマの時代から、キリスト教は他民族を支配するのに利用されてきたではないか。

コルテスのアステカ帝国征服で成された虐殺でも、キリスト教の名で行われたではないか。

いくら隣人愛を教義で説いても、宗教は悪事にも利用されるのである。

確かにコーランはエキセントリックに解釈されやすい要素を持っているのだろう。

だからといって、イスラム教自体にその原因を求めるのは間違っていると思う。

従って、このテロ問題を宗教によって解決するのは不可能であろう。

ぼくは、イスラム教の発祥の地であり、アラブの盟主であり、そして一番資金力のあるサウジアラビアが何でイスラム教徒として調停に乗り出さないのか不思議でならかなかった。

問題は、宗教ではなく貧困だからなのだ。

・・・・・・つづく。