こんにちは。
~ 夢との日常を綴る ~ Tomokoです。
月曜日の夜は満月。
今年一番大きな月とあって、スーパームーンと
ニュースでも取り上げられていましたね。
お月見をしたり、願い事をしたり、
瞑想をした方も多いのではないでしょうか。
我が家ではといいますと…。
母と食事をしているときでした。
玄関のドアをコンコンコンと叩く音とともに、
母を呼ぶ声が聞こえてきました。
誰だろう?と恐る恐るドアを開きますと、
お向かいの奥さまでした。
お月見をしましょう、と母を誘ってくださったのです。
母と私は食事もそこそこに、奥さまと三人で
しばし大きなオレンジ色の月を仰ぎ見ました。
今日は十六夜、きれいですねぇ~。
奥さまは俳句をなさる方で、
「十六夜(いざよい)」というお題で
俳句をひねらなくてはならないらしく、
「十六夜」という言葉を何度も繰り返していました。
メディアで使われている「スーパームーン」と
「十六夜」という言葉のギャップ。
両方の言葉が含み持つ世界を
理解することはできるのですが、
横文字の横行する昨今の事情を考えると、
「十六夜」の影は確実に薄くなっている
と言わざるを得えません。
そんなことをつらつら考えていると、
夢を理解しようとする時に手がかりとなる
「シンボル」についても
同じようなことがいえるのではないか
と思いました。
ユング心理学によれば、人の意識は氷山の一角で、
その下には広大な無意識の世界が広がっており、
個人的な無意識、更にその下に社会的な無意識、
文化的な無意識、普遍的な無意識(集合的無意識)が
層を成して在ると言われています。
夢の中のシンボルは、
こうした無意識の表れであり、
個人のものでありながら、皆に共有されてもいます。
しかし、
英語を公用語とする会社も増え、ネットが普及して
意識のグローバル化が加速し拡大している現在、
独自の文化の層が希薄になっているように感じるのです。
観念的になっているような…。
独自の伝統的な文化を意識的に守り
継承していくことが、日常的に使っていくことが、
これからますます必要になってくるのではないか
と思うのでした。
最後にお向かいの奥さまが
「ひまわり」を詠んだ句をシェアしてくれたので
お伝えしますね。明るく快活な方です。
花がおわり首を垂れてる大きなひまわりを見て詠んだ句
だとか…。
ぶざまでいい ひまわりは 種いっぱい
それではまたお会いいたしましょう。