中学受験に足を踏み入れたとき、親が最も心を痛めるのは成績の上下よりも、子供の居場所が少しずつ削られていく様子を見ることかもしれない。
長女の受験で一度経験したことだが、長男の代でもまた同じような壁にぶつかっている。
我が家は決して、寝る間も惜しんで勉強を強いるような「ガツガツした通塾」はさせていない。
適度に息抜きの時間を入れ、友達と遊ぶ余裕も大切にしたいと考えている。
しかし、子供たちのコミュニティは、そんな親の理想を容易には受け入れてくれないのが現実だ。
新学期が始まって一ヶ月。
久しぶりに友達と遊ぶ約束をして出かけた長男が、暗い顔で帰ってきた。
公園から誰かの家へ移動しようという流れになった際、いつも特定の数人を従えている子が放った
「いつも遊んでいるやつ以外は遊べない」
という言葉に弾かれたのだという。
塾通いで「いつも」そこにいられない長男は、その瞬間に明確な部外者として扱われた。
せっかく遊びに行ったのに、息子を傷つける結果になってしまった。
帰宅した長男は、涙を浮かべながら
「もう放課後は遊びに行かない」
と言った。
クラスでいじめられているわけではないが、たまに参加する側が受ける疎外感は、想像以上に本人の自尊心を削っていく。
幸いなことに、今の長男には別の居場所がある。
塾で知り合った他校の男の子と意気投合し、オンラインゲームを通じて遊ぶようになった。
同じように放課後の不自由さを知る仲間。
学校の友達には通じない話が、そこでは当たり前のように通じている。
今の長男にとっては、画面越しに繋がるその新しい絆が、外での疎外感を埋めてくれる大切な拠り所になっている。
しばらくは、それでいいのだと思う。
子供の世界には子供なりの理不尽なルールが存在する。
中学受験という選択の裏側で失われるものは確かにある。
けれど、その代わりに手に入れつつある新しい世界への一歩を、静かに見守っていこうと思う。
