原風景~季節の贈り物/娘の作文(前編) | ドングリクンパパのブログ

前回教育における北欧的余白について書いた。

 

 

欧州、特に北欧では遊び(外遊び、工作、お絵かき等能動的な遊び/ゲームやユーチューブではない)が教育における最も大切なものとして捉えられている。

 

一方日本ではどちらかと言えば勉強が終わった後のご褒美的なものとして捉えられている。○○やったら遊んでいいよ、的な感じだよね。遊びからは得られるものがあるわけじゃないけど、勉強ばっかりじゃかわいそうだよね、みたいな感じだよね。娯楽と捉えられている。

 

だからだろうか、外遊びとゲームも同じ「遊び」のくくりに入れられてしまっているような気もする。例えば

 

A スクールでスポーツ×その後家でゲーム(トータル3時間)

B 塾でお勉強×その後家でゲーム(トータル3時間)

C 公園で鬼ごっこ、虫取り、木登り、ケードロ(トータル3時間)

 

この3種類の過ごし方を比べた際、日本の多くの親御さんにとってはAやBの過ごし方の方が充実していると感じるのではないだろうか?AもBも勉強やスポーツを頑張った後に遊んだわけだけど、Cはずっと遊んでいただけだからね。

 

でもパパの考えは少し違う。AやBには「能動的な遊び時間」が入っていない。パパ的にはそれこそが教育的に最も大事な時間だと考えているので、パパはCのような過ごし方をたくさんしてほしいのだ。実際にボウズにも娘にもなるべくそういう時間をたっぷり取れるようにしてきた。

 

AやBが良くないというわけではなく、Cがパパの好みなんだよね。好みなんだけど、北欧の教育観とは似ている、そういうことだね。

 

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ボウズは小1からガチでサッカーのプロを目指していたけど、でもどんなに最低でも週2日はサッカー以外の外遊びができるように日程を調整してきた。昭和の子供のようなワイルドな遊びができるプレーパークという特殊な公園で、最低でも週2日は思いっきり遊びまくっていたんだね。

 

 

 

 

ボウズは2歳の時からプレーパークを根城にしたワイルド系保育園に通っていたので、プレーパーク歴は10年になる。プレーパークこそが自分のルーツであり故郷だと良く言っている。それくらいボウズにとっては特別な場所なのだ。

 

そこで育ったことを誇りにすら感じている。そしてそこで共に過ごした仲間が今でも大切な友達となっている。そんなふうに永遠の少年時代を胸に持ち続けられることは、とても幸せなことだと思う。まさにボウズにとってのスタンド・バイ・ミーなんだね。

 

(小6、引っ越し前の最後のプレーパークにボウズは小さなデジカメを持って行った。指を刺されているのがボウズ、両脇にいるのが今でも定期的に会う旧友)

 

(後編に続く)