ドングリクンパパのブログ

(前編からの続き)

 

娘の方は2歳から年少まではボウズと同じプレーパーク系ワイルド保育園で育ち、その後引っ越し先でもどろんこ系幼稚園に入った。その後小2までは学童の時間が良い感じで外遊びの日々を与えてくれた。神社の境内で遊ぶ古い学童でね、毎日のように鬼ごっこしていたね。

 

小3で学童をやめてからは(うちの地域は学童が足りてなくてやめざるをえなかった)週に2~3回公園でお友達と遊んでいた。小6で中学受検が本格化しても、オジョーちゃんが「今日お友達と遊ぶ」と言ったら、パパは絶対にダメと言わなかった。受検直前でも週1は遊んでいたね。

 

もちろんゲームを一緒にやることもあったみたいだけど、うちにゲーム機がないから丁度いいやと思ったりしていた。でも小6でもまだ公園で鬼ごっこしたと聞いて、驚いたこともある。小6女子でもまだ鬼ごっこするのか~と思ってね。

 

そして毎週末、家族で公園に行って遊んだ。家の前の土手沿いを自転車こいで、池と芝生のある公園に行って、パパとボウズはサッカーして、ママと娘はバドミントンしたり、花を摘んだり、落ち葉で絵を描いたり。それからビスケットとカフェオレタイムをしてみんなで帰る。

 

ずっとお金がなかったからさ、本当にどこにも出掛けなかった。ひたすら公園に通った。今の家に引っ越ししてきてから小6まで8年間、娘はずっとそんな日々を過ごしたのだ。

 

 

最近、さすがに家族で公園にいるのを誰かに見られるのが恥ずかしいみたいでね。代わりに土手をランニングしたりしてるんだけど、先日久しぶりにボウズも公園に行けるとなって。半年ぶりくらいかな、家族4人で公園に行って、カフェオレタイムを過ごした。

 

なんだろう、やっぱりすごくいいんだよな。家でも会話は多い方だと思う。でも外に出て、青空の元で木々に囲まれた芝生にみんなで座る、その心地よさをみんなでのんびりと共有していると、ほぐれてくるものがあるんだろうね。笑い合う時のふわふわとした空気の塊が、そのままやわらかく空に溶けていくような、そんな心持ちになった。

 

やっぱり公園はいいなあ、そう思ったんだね。

 

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娘は定期的に作文を書いている。テキストはいまだに中学受検の時に買った参考書を使っている。これ、パパは非常に気に入っている。セレクトしている文章がとても良い。まだ全部終わってないので、中学に入ってからも定期的にやっている。

 

 

 

ある日のテーマは「作者のように、あなたが自然の中にあるものから季節を感じ取った体験について書きましょう」というものだった。パパは「具体的に書くとなると案外難しいテーマかもしれない」と感じた。

 

ところが娘はやけにすらすらと書き上げた。いつもは結構うんうん悩みながら書いているのに、その日はあっという間だった。そして書き終わると「なんだかちょっと、詩みたいになっちゃったんだけど、こんなんでいいのかな?」と言った。パパはそれを読んでとても驚いた。そして嬉しくて、少し泣きそうだった。

 

娘は「なんか、考えなくても書きたいことがどんどん勝手に溢れてくる感じだった」と言った。娘の心の中にこうした風景が刻まれていて、娘がそれを大切に感じているのだとすれば、それはボウズの中の永遠の少年時代と同じように、とても幸せな光景だと思う。

 

毎週末、ひたすら土手を自転車で漕いで公園に行って遊んだ。ただただ、そういう日々を過ごした。そんな日々がこの文章を連れて来てくれたんだなあと思うと、とても嬉しい。何故ならパパもその日々を、とてもかけがえがないものだと感じているからね。

 

子供達にとっての外遊びは教育的観点から見ても大きな価値があるとパパは考えているし、北欧でもそう考えられている。でもパパはそれが仮に正しくない見方だとしても、それでもいいんだな。

 

子供にとって、その時間がとても幸せであることがなによりも大切だ。やがて彼らが大人になった時、その日々が彼らの心の中に美しい原風景として残るのだとしたら、それはやっぱりかけがえのないものだろうと思う。

 

習い事をしたりゲームをやったりする日々でももちろん子ども達は幸せになれるだろうし、そこで得られる原風景もあるだろう。でもパパはボウズや娘が心に秘めている情景にとても惹かれる。パパは彼らの情景を思い浮かべ、笑い声が空に溶けてゆく、あの感覚を思い出す。

 

ボウズも娘も、どんなに歳をとってもきっと忘れないだろう、そう思うのだ。

 

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<季節の贈り物>

(娘の作文・原文ママ)

 

私が一番季節を感じるものは、葉の色と空の様子とにおいだ。春は、葉っぱが芽吹いたばかりで、優しい黄緑色をしている。空は霞んでいて、花の花粉のにおいがしてくる。特に菜の花の少し強いにおいがすると春がやってきたなと感じる。

 

夏は、春と比べて葉が緑色につやつやと輝いてしっかりとした印象を受ける。はっきりとした青色の空はどこまでも続いていくような気がしてくる。暑い日が終わりに近づいてきた夕方、蚊取り線香のにおいや焼けたアスファルトのにおい、雨が降った後のにおいがすると暑い夏が来たと実感する。

 

秋は、私が一番好きな季節だ。葉は緑色からオレンジ色や黄色に変わっていく。森や林、公園の木が紅葉するのを見ると春や夏とは違った美しい印象を受ける。空は四季の中で一番透き通り、高く、青と水色のやわらかいグラデーションがとてもきれいだ。落ち葉のにおいはどこかさみしいような気もしてしまう。

 

冬は木から葉が落ち、真っ裸になる。灰色が混じったような空や、線が入ったような雲は時々雪を降らせ、幸せな気持ちにしてくれる。畑で何かを燃やしている焚火のにおいがすると、冬が来たと感じると同時に、幼いころを思い出し、懐かしい気持ちになる。

 

葉や空、においから季節を感じることができる。それは私を感動させたりさみしいような懐かしいような気持ちにさせたりしてくれる。そして、そのたびに自然の美しさと大切さを実感する。私はこの美しい四季をいつまでも残し、大切にしていきたいと思う。