こんにちは、日本母親支援協会の柴田です。
今日は、子育てで大事なことは
有名大学に合格させることではない
と言うお話です。
ちょっとこの会話を聞いて下さい。
これはネットで見つけた会話なのですが
高校の話をしていますが
中学生ではなく小学生の会話なのです。
小学生を対象とした進学教室は
いくつかあります。
柴田の住んでいる西船橋にも
その進学教室に通う
小学生が駅を降りて
ぞろぞろと教室に入っていきます。
こういう小学生が進学して
有名大学に合格して
官僚や国会議員になるのでしょうね。
ちょっと古い話で恐縮ですが
第78代総理大事(1991年~1993年)の
故宮沢喜一は東大(旧東京帝国大学)
法学部を首席で卒業し
大蔵省に入省しました。
当時の高等文官試験
(現在の国家公務員総合職試験)で、
行政科だけでなく外交科の試験も
合格してきたという極め付きの
「秀才」だったのです。
しかし、評判は芳しくはありませんでした。
東大法学部卒という学歴を
鼻にかけていたのです。
具体的には1986年第三次中曽根内閣で
副総理兼国務大臣を務めていた
東京農学校(現東京農業大学)出身の
金丸信に対して大蔵大臣の宮沢喜一は
「偉い方ですよ。
大学を出ているんですね。
知ってました?」
「金丸先生は農大を
出ていらっしゃる。
そいつはお出来になりますなあ」
1987年第74代総理大臣竹下登の下で
大蔵大臣に就任していたとき
早稲田大学出身の竹下登に対して
「あの方、県議出身でしょう。
あのころ早稲田は無試験でした。
僕の義父が商学部の部長でしたから
嘘ではありません」
法学部以外の東大卒に対して
「ほう、近頃じゃあ
法学部じゃなくても
東大って言うんですか」
これがマスコミ相手だと
一層拍車がかかり、
東大卒それも法学部卒でないと
口もきかなかったということです。
学歴という看板が
自分の価値そのものであると
考えていると宮沢喜一のような
大人になってしまうのです。
古い話ばかりで恐縮ですが
現内閣でも似たような人がいます。
それは加藤勝信官房長官です。
この加藤大臣に対しては
すこぶる評判は悪いです。
厚労大臣の時にコロナの相談の
目安が「37.5度以上の発熱が4日以上」
と言い続けていたのに対して
「我々から見れば誤解」と述べたのです。
まるで国民や保健所の理解不足が
原因かのような物言いに、
批判が集中しました。
また、2018年の国会審議における
加藤勝信厚労大臣の論点ずらしも
国民に神経を逆なでしました。
日本の最高学府である
東大を出ているにもかかわらず
国務大臣という職責に対する
自覚が全く感じられません。
官房長官になったときにも
批判が集中しました。
地元岡山の人からも批判だらけでした。
だからこそ二回も落選しているのですね。
そして、当選は比例区でした。
どうして東大まで出ているのに
こんなに人気が無いのでしょうか?
宮沢喜一が東大に入学したのは1939年。
1939年と言えば太平洋戦争の開戦前夜です。
この時期は日本社会がごく貧しく、
一般大衆はつつましい暮らしを
営むのがやっとの時代です。
大学なんてお金持ちの子供が行くところ
というのが普通の時代でした。
父親が国会議員の宮澤喜一は、
破格に恵まれた環境下で
受験したのです。
容易に合格したと考えられます。
加藤勝信は東京都出身で
父親は日野自動車工業社員。
出世して副社長に。
お金に余裕のある家庭で育ったのです。
勉強ばかりしていたのでしょう。
人望がない証明として
当時婚約していた女性から
一方的に婚約を破棄されています。
長々と書きましたが、
学歴だけで幸せには慣れないし
幸せな家庭は築けない
ということをお話ししたかったのです。
これからの特に学歴よりも才能や
人間力が評価される時代です。
知識があるだけでは評価されません。
これからの時代、親は
「子供が今はない仕事に就く」
と考えて子育てしなければ行けません。
そのためには子供が自分で判断して
答えを見いだす事が出来る人間力を
育てることが必要です。
子供は親の付属物ではありません。
一人の人格を持った人間です。
また、子供にはそれぞれの個性や
才能があります。
その個性や才能を伸ばせる環境を
作ってあげることが親の務めです。
子供がその才能に目覚めたときに
親の苦労が報われるときです。
そして、子供が人様から尊敬されるような
大きな人間に育つことで
それを育てた親も尊敬されるのです。
今日も最後まで読んで頂いて
本当にありがとうございます。
日本母親支援協会はあなたの育児を応援します。不安や悩みがあるのならばなんでもお聞きください。
