パラ五輪・金メダリスト新田佳浩は、「おじいちゃん子」だった | 好奇心を満たせば育児は本当に楽になる

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パラ五輪・金メダリスト新田佳浩は、「おじいちゃん子」だった

 

 

 

 

こんにちは、日本母親支援協会の柴田です。パラ五輪見ていますが、各選手の生い立ちなどを知るごとに感動の涙を堪えることが出来ません。

 

 

その一人に、3月17日、距離スキーの男子10キロクラシカル(立位)で金メダルを獲得した新田佳浩(37)もいます。

 

 

新田選手は1998年の長野大会以来、6大会連続出場で、14日の男子スプリント・クラシカル(立位)の銀に続く、今大会2個目のメダル獲得です。

 

 

 

 

パラリンピック通算では、2002年ソルトレークシティー大会の銅1、10年バンクーバー大会の金2に加え、5個目となりました。

 

 

凄いですよね。20年以上もトップアスリートで有り続けるだけでも凄いですが、確実に結果を残しています。

 

 

彼の生い立ちを知れば知るほど感動の涙を抑えることが出来ません。ちょっとご紹介しますね。

 

 

彼は三歳のときにお爺ちゃんが運転するコンバイン(一台で,刈り取り・脱穀・選別の機能を兼ね備えた大型の農機具)に巻き込まれて左腕の肘から先を失ってしまいました。

 

 

 

 

孫に大怪我をさせた、おじいちゃんは苦しみました。そして、自分の息子である新田選手のお父さんに、こう言ったそうです。

 

 

「この子と一緒にわしは死ぬ。」

 

 

でも、ご両親は新田選手を障害者として育てることありませんでした。翌年から新田選手はクロスカントリーに夢中になり、小学校入学後は数々のレースで優勝しています。しかも健常者のレースに右腕一本で参加しているのです。

 

 

その後もずっとおじいちゃんは自分を責め続けました。新田選手が一時スランプに陥りました。

 

 

苦しんでいたその時、家の中で自分を責め続けているおじいちゃんを見て、「おじいちゃんは俺にとって最高のおじいちゃんだよ」といってあげることが夢だったことを思い出したのです。

 

 

「金メダルをお爺ちゃんの首にかける」という目標を胸にバンクーバー大会に挑みました。その結果、10 キロコースと 1 キロコースで 2 個の金メダルを獲得したのです。

 

 

そして、夢だった金メダルを 92 歳のおじいちゃんの首にかけることが出来たのです。

 

 

 

 

そして、今年の平昌大会では、二人の息子さんにメダルを掛けることを目標に頑張ってきたのでしょう。見事その夢を果たしました。

 

 

新田選手のお爺ちゃんに対する愛情、そして、新田選手を育てたご両親の愛情、今度は新田選手の妻や子供たちに向けた愛情。それぞれの家族愛が金メダルと言う形になって現れたのです。本当に素晴らしいパラリンピックです。

 

 

 

 

子育ての期間は、苦しい時もありますが、あっという間に終わってしまうのも事実です。掛け替えのない素晴らしい育児期間を、僕と一緒に目一杯楽しみましょう。

 

 

せっかく天使があなたの所に舞い降りてきてくれたのです。育児で悩むのは、もったいないことです。

 

 

日本母親支援協会はあなたの育児を応援します。お聞きになりたいことがありましたら、こちらでご質問くださいね。

 


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