こんにちは 柴田です。
フロイトの心理学の中に“エディプスコンプレックス”という概念があります。
エディプスコンプレックスとは、3歳から5歳の子供が異性の親に対して愛情を感じ、同性の親にライバル心を感じる状態のことをいいます。
つまり、男の子を育てている家庭では、男の子にとって父親は、ライバルという位置にもなります。
その逆もありますが、今回は、男の子と父親の関係のお話です。
お父さんと男の子の関係
ほとんど死語みたいなもんですが、「親父を越える」という言葉がありますね。
これは男性同士の競争を象徴する言葉なのですが、息子は父親の背中を見て育ち、やがては父親を越えることを目指して成長します。
いくつになっても、この感覚が残ることが多く、よって常にライバルになることが少なくないですね。
そういう感覚ができるのは、元々、男性には種を残す意識があるから、と言われます。
かつての一夫多妻制にも象徴されますが、男性は強いものしか妻を持つことが出来なかったんですよね。
つまりは「弱さ」ということを徹底的に嫌うわけです。弱ければ生き残れない・・・そんな感覚なんですよね。
幼い頃に涙を見せようものならからかわれて、弱い奴として周りに認識されますから、悲しくてもぐっとそれを堪えるようになります。
大人になっても、冷静に、感情的にならないのが大人の男ってイメージがありますから、クールなタイプがもてはやされたりもしますね。
その一方で、強さをアピールするための情熱も強調されるようになって、熱い男になることもあります。
だから、男性は一般的に「クールガイ」と「熱い男」に分けられるようになるのかもしれません。
どちらにせよ、強い自立を求められるのが男の子の生き方であり、そのお手本となるのがそのお父さんになるんです。
だから、お父さんの存在というのはライバルとして常に意識のどこかにある存在で、とても大きな影響力を及ぼしています。
ただ、お互いを男として認め合うことができると、そこには強い友情のようなものが芽生え、女性(奥さん、女兄弟)が入り込めないような空気を作ることも少なくありません。
お父さん側にも、息子側にも自信や大人のマインドが必要ですので、究極の目標になりますね。
また、社会に出て行くと、そこはまだまだ男性(的な)ところですので、お父さんとの関係は20代~30代になってから強く影響を及ぼすようになってきます。
偉大なお父さんを持つと・・・
偉大なお父さんであればあるほど、その息子としては肩身が狭くなってしまうことが少なくありません。
どこに行っても「○○さんの息子さん」と言われるわけですから、自分を主張したい思春期以降には自分の居場所を定められず、道を外れていくことも少なく無いようです。
そして、“権威との葛藤”を感じるようになり、社会の中で生きにくさを感じるようになることが多いですね。
そして「良いことで目立てなければ、悪くなって目立とう」という感じになって非行に走ったり、放蕩息子になってしまったりします。
ま、戦意喪失とでもいいましょうか。お父さんが偉大すぎる分だけ、子ども心に高い目標を持ちすぎるようになるんですね。
簡単に言えば「毎回テストで100点を取るぞ!」なんて実現不可能に近い目標になってしまうんです。
これは自分をちっぽけに扱ってしまう分だけ、とてつもないことをして認めてもらわなければ、という心理が背景にあります。
でも、結局は実現が難しいものばかりになりますので、どうしても劣等感や失敗感を心に抱くようになるんです。
そして、劣等感が強い分だけプライドが高くなりますので、ちょっと付き合いづらい関係を築いてしまうことも少なく無いようです。
「俺はこんなにすごいんだぞ」とか「お前はもっと俺を尊敬しなきゃあかん」とか、本当にすごい人は自分のことすごいなんて言わないだろう・・・なんてツッコミを入れたくなるような態度をとってしまうんですね。
これを“力の証明”なんていいます。
その裏には「男性としての自信の無さ」が見え隠れすることがあります。
つまりは力を誇示しないと周りの人は自分なんて認めてくれない、なんて心の中では思ってしまっているんです。
そして、そこでは虚しさや惨めさを強く感じてしまうようになり、無価値感を心の中に強く持ってしまう(そして、それを一生懸命抑圧する)パターンを持つんです。
また、男女関係では父親が偉大な分、結婚や子どもを持つことに対して臆病になる傾向もあるようです。
心理的に「父親=偉大なもの」となってしまっていますから、自分をちっぽけに扱ってしまった分だけ、なかなか前に進めない関係を築きます。
こういう男性に対しては、女性側が男性としての魅力や自信をサポートしてあげる必要があるものです。
長くなりますので、この続きは、また明日。
