今日はクリスマス・イヴです。イエス・キリストの誕生前夜ですが、日本人にとっては盆や正月と同じく一種のイベント・デイとなっています。
イエス・キリストとは、キリスト教の信者さんにとっては「神」です。キリスト教徒ではない日本人にとっては「神近き存在」とも言えるでしょう。
「神」について考えたり、対話するとき「あなたは神を信じますか」というのが大前提になるでしょう。
私の場合、このような質問を受けたとき、前回の「時間は未来から流れて来る」という感覚との関係を加えたうえでこう答えます。
「信じるのではなく、知っています」
どうして?と聞かれても答えようがないのですが、直感的にそう答えるしかないのです。「開放系エーテル」という共有認識において「知っている」のです。
しかし知識としてのキリスト教は「知っている」どころか「信用するに値しない」ことだらけで、私達の今日知っているキリスト教に関する知識は原始キリスト教とは全く違っています。
一説によると、イエスの誕生日は紀元前24年3月15日とも言われています。なぜ12月25日を誕生日としたのかというと、古くからあった「冬至を祝う祭り」にあわせたのです。
古代の人々にとって冬至が近づくにつれ、昼間が短くなることと、作物が終結に向かうことは死の過程を象徴しており、それが太陽の「死」であったのです。12月15日には消え始め、12月22日までには太陽の消滅は十分に確認できたのです。
12月22日には太陽は南への移動の結果、空で最も低い所に位置することになり、そこから3日間は南への移動を停止するのです。つまりこの3日間(12月22,23,24日)、太陽は南十字星(サザンクロス)付近に滞在するのです。
12月25日を過ぎると太陽は北に一度移動し、昼間が少しずつ長くなります。このため、「太陽が十字の上で死に、三日間死んだが、後に復活した」と言われたのです。これがイエスや他の多数の太陽神が十字架にかけられて三日間死んで復活したという話になっているわけです。
古来よりエジプトの神ホルス、ミトラ教のミトラ、ヒンズー教のクリシュナなど皆12月25日が誕生日なのです。つまり、イエスの12月25日誕生日説は古来からの教義をキリスト教の教義としてパクったわけです。
日本でも原始信仰の色濃く残っている諏訪大社には、前宮にこの伝承が残っています。12月22日には太陽の死に伴って神官たちが地下の土室にこもり、祭祀を行ったと言います(写真)。
