もうひとつ、「水」との関係で「金」について触れておく重要なことがあります。
「水」に至るためには「金」が触媒になる…とたびたび言ってますが、ここでの「結果を出す」、「捨てる」というのが「辛い気持ちになりがち」であることも多いとも言いました。
この事態に対して「我慢する」ことで乗り切ろうとする方も多いでしょう。しかし、「我慢」は間違い!なのです。
私達は通常、「我慢」という用語を間違って使っています。「歯を食いしばって耐えて辛抱する」と捉えがちですが、文字の本来の意味では「我」を「慢す」、つまり「わがままを通して驕り高ぶる」ことです。これは相剋ルートの「金」である「断捨離してリフレッシュしていく」ことではなく、相生ルートの「金」である「エゴイズムに至る」意味になってしまいます。
したがって「金」のタイミングで辛い出来事に出会ったときには「ガマン!ガマン!」と思うのではなく「自分の足りなさを楽しむ」余裕がほしいのです。これは『易』における「金」の理解が参考になります。
たとえば子どもが、いやいや宿題をやらねばならぬとき、「宿題さえ我慢すればあとは遊べる」と思ってしまうと、その勉強の嫌さ加減は増幅するばかりです。しかし勉強によって自分の何が不足して理解できてなかったか、頭をほぐすことができれば、嫌さは減っていきます。
このことは、なにも宿題に限ったことではありません。わたしたち大人が辛い現実に出会ったときの「こころづもり」として知っておくと便利なことです。
『易』における「金」の卦(け)は図のように二通りあります。
易でのシンボルとして横一本の線は陽、真ん中区切れは陰です。三本で「天・人・地」を意味してひとつの卦を示します。
したがって「乾」(けん)は三本とも陽、「兌」(だ)は一番上だけ陰の「一爻不足」といいます。
「乾」はすべて陽なのでピカピカに輝くゴールドとわかりますが、「兌」は一本だけ陽が足りない状態で「とりかえる」とか「よろこぶ(ほころぶ)」を示すのです。たとえば「兌」にこころへん(心部)をつけると「悦楽」の「悦」、ごんべんをつけると「説明」の「説」となります。「悦楽」だと笑顔がほころぶ、「説明」だと言葉をとり変えてほぐす…などの意味です。
つまり「金」の背景にある意味合いは、「ガマン!ガマン!」ではなく緊張を取ってゆるめてほぐす…いう意味なのです。「金」には「歴史と五行① 」でも説明したように「下剋上」の意味もありました。ガチガチに固まった状態をほぐすことなのです。
