感謝のことば。堀内信隆 | だるまんブログ

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生きる知恵である陰陽五行についてだるまんと語るブログ。『だるまんの陰陽五行』(三冬社)より発行。

堀内信隆です。
ついに還暦一歩手前までやってきました。みなさま方に誕生日祝いの言葉を数々いただき、この場を借りまして御礼申しげます。
だるまんと共に歩みはじめるようになって二十年近く、『だるまんの陰陽五行』が発刊されてほぼ五年の月日がたちましたが、とくに強く感じることがあります。ほんとうに私自身も、多くの人々も、日本も、世界も、陰陽五行というものさしの通りに動いているのだな…ということです。まあ、私にとっては当たり前のことなのですが、とくに最近痛感するのです。

個人個人にはいろいろあるので、このさい割愛するとして、いま現在の世界の動き、日本の動きには典型的なものがあると言えます。
みなさん痛いほどによくご存知の311の原発事故以来、多くの日本人はあることに気づきはじめました。「なにかおかしい。国は国民と違う」と。
まだ原発の処理もなんにもできていないのに国はすべてが収集したと「勝手に」言い、マスコミは一切沈黙もしくは情報統制し、学者も右に倣えの発言だけを繰り返し、医療も真剣に治療しているようには見えない。責任はいっさい有耶無耶にされたままで、被害者には加害者目線での対応しかないまま、信じられないことに原発を再稼働するための世論をもりあげようとしている。
世界ではウクライナの事件のような悲惨な状況があるにもかかわらず、人々はまるで新興宗教の信者のように盲目的になり、それを見ようともしなくなっている。
さて、
こんな世界にいま私達が居るのだと理解している人はどれほど居るのでしょうか?うすうすわかってはいるが、なんとなく通りすぎているのがほとんどの状態だと思います。

陰陽五行の原則はそんなとき、こう言うのです。「自分の立っている場所をよく見なさい!」と。つまり私達は私達を貫く表の陽の情報や感覚の裏に見たくない、見せられていない陰の情報や感覚を同時にもっているのです。そして陽と陰は交錯しつつも、裏の陰の姿は常に私達を駆り立てるのです。「なにかがおかしい!」のだと。
そして同時に、一種の安堵感も与えてくれるのです。いつも世界はとどまってはおらず「このままではない」のだと。
具体的に言うならば今は「土」という「十把一絡げ」の状態から「水」という人間の個性の尊厳を理解できる時代の途中にあります。各自が与えられた範囲での知識や感覚から、内にひそむ人間としてのより大きな知識や感覚を獲得しつつあるのです。そして、そのせいか、いままでの「土」的常識を超えたようなことが平気でおきるのです。

ある意味、311のような大事件がおきたこともそのひとつです。そして人々のそれ以降の覚醒傾向もそのひとつでしょう。でも世界をリードしている為政者たちや既得権益のもとにある人々はご都合主義で変わりたくないのです。しかしその人々にとっても、時代というこの乗り物はひとつなのです。つまりは私達と彼らは同じ船に乗っているのです。つまり彼らにとっても「信じられない」ことはおきるのです。

この「何かがおきそうだ!」という感覚は今、私もそうですが、みなさんも確実に感じていることだと思います。事実、何かが起きそうなのです。こんなとき、今までの常識感だけで判断すると確実に見誤ることになるのです。陰陽五行で言うならば「土」的世界にしか「土」的常識は通用しないのです。簡単にいうと夏にしか夏服はあわないことと同じなのです。そして年々、この感覚が明瞭になりつつあります。

『だるまんの陰陽五行』が世に出ることができたこと自体、私にとっては奇跡的なことでした。多くの出版社では売れ筋でないと相手にされなかったのに、なぜか三冬社さんだけが扱ってくれたことも軌跡です。そしてなかなかみなさんがたに認知されなかったのに、だんだん認知されるようになってきたのも軌跡です。
『だるまんの陰陽五行』の説いている内容はこうした軌跡がありうるように、世界も動いているのだということなので、ある意味当然なのでしょうが、人間ごころにはやはり不思議に見えてしまうのです。だからこそ、あたらしい常識が必要になってくるのです。

なんか、とりとめもない話になってしまいましたが、今、この感覚を大切にしたいというのが私の現在の心境です。そして人間は、「本当の人間」になっていくのだというのがその骨格です。搾取や殺し合い、奪い合いをしていくのが人間ではないのです。動物の時期を超えていま、本当の人間になろうとしているのが今の私達です。目が開いていくのです。そのために自分の人生を見るにも、世界を見るにも五行のものさしをぜひ、理解していただきたいと思います。

ぐうぜんにも昨日、国会が解散しました。またも、なにかが動きそうです。「どうせ変わりゃしない」とか「しょせん、人間はこんなもんさ」と無関心になるのではなく、変わろうとしているのだという実感を大切に、そして意識を持って歩んでいきたいと思います。