昨日、参議院選挙がありましたね。結果はご存知の通りです。
現在の与党の民主党は五行的には、かつての自民党を倒すだけの意味合いだったので、まあ、当然の結果といえます。
昨年の夏から現在までの民主のやりかたゆえの結果というのが一般的な分析ですが、ここでは五行的に考えてみたいと思います。
まず今という時代は「土」から「水」への移行期にあたるというのは、このブログでもたびたび述べてまいりました。
「土」というのは、ちょうど土が種を育み、芽を出させる母親のような役割ですが、暴走すると芽を出すタイミングを間違えて根腐れをさせてしまうという側面を持ちます。従って「育むが腐らせる」というのが「土」の決定的な特徴となります。これは人生で言えば学生時代にあたります。一人前になる前にはどうしても、玉石混交で多くの者と机を並べて一般的な常識や知識を学ぶ必要があるのです。ここでは「平たく、まんべんなく」という「土」の特徴も出てきます。そしてもうひとつ、指導される学生が居れば指導する先生も居るということです。つまりは「土」的な世界観には平等で学び育むという側面と同時に、平等の上に君臨する特別扱いが少数存在して、その心得次第で育まれる者は腐りもするという事になるのです。
一方、「水」というのはちょうど水は器次第でどんな形にでもなるように、個性とか自我というものが強調されてくることを意味します。「土」では平等に学んできても「水」では各々の特徴を重点的に学ぶ必要性が生じます。「土」が高校までとすると「水」は大学に入って専門分野を学ぶということにたとえられます。
つまりは「土」に固執すると、その人の特異な才能が平等というスローガンのもとに押しつぶされてしまうという事なのです。
従って、「土」から「水」という時代を政党の動きにあわせてみると、「土」的な自民党の政治は戦後の日本を立ち直らせて現在にまで育てたのですが、同時に「右へならへ」の国民性を作り、また為政者や特別待遇の少数の権利に優遇するものを作り上げてしまったということです。それが「水」の時代になるということは、もはや平等よりも各々の個性に準じた表れを必要とするということになるのです。これは特別待遇の消滅と、多様な考え方の混在とネットワーク的な協力関係の登場を意味します。
民主党はこれをやれたかというと、仕分けで特別待遇の消滅を測ったものの、あまり成果はあがらず、それどころか子供手当てのばらまきとか小沢幹事長の台頭などあいかわらず「土」的なことを繰り返すにとどまったのです。
こんなわけで、今回の民主の敗北は目に見えていたということになります。
さてそれでは今後、どうなるかですが、たぶん長い目で見て再び民主が復権するということは考えにくいのです。民主は自民から枝分かれした自民を潰すための存在にすぎないからです。今後は何度か激しいつばぜり合いをしつつ自民と民主ともに多くの離反社を出しつつ共倒れしていくと思われます。
そこに表れるのが新たな「水」的な政治体制です。これは何かまだ明確にはわかりませんが、多分、地方政治が今よりも協力なネットワークを持った関係性であると思います。日本という一国の首相と同レベルの指導権を各地方が持つことになるでしょう。ただし、ここで各地方の指導者が国と指導者と同じように利権に走るという「土」的な事をやっていたのでは駄目です。その人は引きずり下ろされる必要が出てきます。今の地方知事にはタレントや知名度にたよった「土」的な人が多いのでまだまだこれからの地方の活躍が期待されます。
政治家は本当の意味での「公僕」であらねばならないのです。現在の政治家は口ではそう言いつつも、権力を貪る「小人」が殆どです。公僕的な政治家は自らを犠牲にしつつも、国民のネットワークを作り上げていくはずなのです。