マイストーリー⑥ 単身赴任終了のガッカリと、突然はじまった母の在宅介護 | 介護福祉士が届ける~心と人間関係を整える星と香りの処方ブログ

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星と香りで心を整える介護福祉士

60代からの第二の人生のサポーター

 

佐久間 かな子です。

 

今まであまり言葉にしてこなかったけれど、
自分のこと、夫婦のこと、

そして、占星術に助けられたことを
マイストーリーで少しずつ綴っています。

 

前回の記事

 


星と心理学を意識しながら

少しずつ行動に移すことで
家族(特に夫と)の関係に
ちょっとだけ変化の兆しが見えてきました。
 

 

 

転機


夫が3年前に異動になりました。


知らせをもらった時は
少し近くなるけど
引越しの準備しなくちゃと思ったけど

次の知らせが、まさかの

自宅通勤です!(決定)

 

見た瞬間、


「マジかぁ」

 

 

定年まで単身赴任だと思っていたので

あまりにも早い、単身赴任の終わりに

喜ぶ夫と戸惑う私。

これも感じ方の違いと割り切り
現実を受け入れました。

 

 

母の入院

 

夫が自宅通勤になり

駅までの送迎が日課に加わり

ちょっとずつ慣れてきた頃
母が救急搬送になりました。


 

夫が出勤した後
しばらく経ってから、継父から電話で
「お母さんが変なんだ」と

 

様子を聞くと、
片側の手足に力が入らないようで
脳疾患が疑われるため
すぐに救急車を呼ぶように伝え

私も高速で実家へ向かいます。


昼頃、とりあえず実家へ行ってみると
なんと、まだいるではありませんか。
 

「もう、何やってたの‼

救急車呼んでって言ったでしょ‼」

 

継父との感じ方の大きなズレに
つい、大きな声が出てしまった。


母は畳に横たわり、
なんとか会話はできるけど
動くことはできません。

 

すぐに救急車を呼び
病院に着くと

検査、検査、確定診断、入院と

病院出る頃は、外は真っ暗でした。


 

 

高速バスでかけつけた夫

 

夫には、朝からその都度連絡を入れていました。
検査や診断が終わり、
「継父を送ったら帰るから遅くなるね」

とLINEを入れると、

なんと、勤務地から実家地域まで

高速バスで来てくれたのです。

 

その知らせを見たとき、正直びっくりしました。
夫は、思ったら即行動するタイプ。
タイミングよく最終のバスがあったようです。
バスがなかったら電車で来るつもりだったらしく
肝心なときには、こうして動いてくれるんです。
 

「来なくても大丈夫だったのに」

と思う一方で、
気づけばホッとしている自分がいました。


夫の存在が、こんなにも心強く感じたのは
本当に久しぶりで、もしかしたら、
結婚当初以来かもしれません。
 

帰りは、夫の運転で家に戻りました。
車中ではあえて多くは語らず、
「疲れたでしょ?寝てていいよ」

くらいの会話だったけど、

安心して眠くなったのを覚えています。

 

あのときの夫の行動は、
ちょっとびっくりしたけど
私の中で大きな安心となり
素直に嬉しかったです。


 

 

 

在宅介護の準備

 

 

母は介護度が高く

継父ひとりでは在宅介護は無理だし
私も冬の期間の雪国の移動は心配なので

退院後は老健で冬を越すことになりました。
 

コロナ禍で面会もままならず、

「家に帰りたい」

と願った母のと想いを受け止めて、
私は実家で介護をすることを決めました。

 

 

夫とは何度も話し合い
本当の意味での夫婦の会話でした。

 

しばらく、実家が拠点になること。

義父母を残すことへの心配と不安。


「こっちのことは心配しなくていいから」

 

何より私の

「できることなら、母のそばにいたい」

 

という気持ちを、夫は静かに受け止めてくれ

 

「悔いのないように、やっておいで」

 

そう言って、快く送り出してくれた夫の言葉には

感謝の気持ちしかありませんでした。

あのときの私は、迷いながらも

夫に背中を押してもらったことで、

前に進むことができました。

 

image

 

こうして、私は遠距離での介護生活を始め、
実家で母の在宅介護をする日々が始まりました。

 

わが家には、母より高齢の義父母がいるので
義父母だけ残すのも心配だったけど

夫が朝晩だけでもいてくれることは心強く

想像以上に大きな安心感になっていたのです。

 

気づけば、夫の存在が、
母の在宅介護を支える力になっていました。

 

もしかしたら
あのとき、夫が単身赴任のままだったら
私は在宅介護を選ぶことはできませんでした。

 

 

 

不思議なめぐり合わせって、


その時は

「なんで?」
と思うけれど、

あとから

「そういうことだったのか」

と気づくものです。

 

 

夫の単身赴任の終わりは、

私が母を在宅介護をするための

神様の采配だったのかもしれません。

 


 

 

つづきます。

 

 

 

 

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7月30日リリース
 

 

 

 

 

 

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