星と香りで心を整える介護福祉士
60代からの第二の人生サポーター
佐久間 かな子です。
今まであまり言葉にしてこなかったけれど、
自分のこと、夫婦のこと、
そして、占星術に助けられたことを
マイストーリーで綴っています。
前回の記事
今回は、夫へのちょっとした気持ちの変化です。
気づけば、夫の単身赴任生活も25年。
周りの人には
「大変だね」
と、言われることも多いけれど、
私は、思ったよりずっと快適だったんです。

最初の単身赴任の時は
子どもたちも小さく、
少し心細い気持ちもあり
夫がいない生活は、
どこか心もとなく、慣れない毎日に、
ちょっと不安を抱えながらのスタートでした。
けれど、数ヶ月も経つ頃には、生活に変化が。
夕飯の支度は娘たちと気ままだし、
洗濯物は減り、テレビのチャンネル争いもゼロ。
なにより、
自分と子どもたちのペースで
一日を過ごせるので、
ストレスがぐーんと減り
「亭主元気で留守がいい」
まさにこの言葉を
実感するようになったのです。
夫のいない生活に慣れていく日々
夫は、もともと当直や出張が多かったので
単身赴任も「毎週長期出張」のような感覚でした。
最初の頃は、赴任先へ戻る夫との別れを
寂しがっていた娘たちも、
次第に
「また来てね」
と、笑って手を振るようになり、
夫のいない生活リズムにも慣れていきました。
「また来てね!」
って別宅かい(笑)
そんな日々が少しずつ整ってくると
週末に夫が「帰ってくる」ことが、
ちょっとだけ
面倒に感じてしまう私がいました。
そんな生活を一年ほど続け、単身赴任が終了!
過ぎれば、意外とあっという間で
また家族5人の暮らしが戻るのかと思ったら
まさかの異動。
新天地への引っ越しが決まり
山あいの町から一転、今度は県都へ。
新生活の中に
「電車」というツールが加わり
「最寄り駅」という響きが新鮮!!
当時、5才だった末娘と一緒に
電車でアロマ教室に通っていたときのこと。
電車の窓の外を眺めながら
娘がぽつりとひと言。
「お山が見えないね」
その何気ない言葉に、
子どもならではの感性の豊かさを感じました。
マイホームと単身赴任
ちょっと都会での生活にも慣れ
子どもたちの成長とともに
家族の暮らし方にも
選択のタイミングが訪れます。
しばらくは、社宅暮らしでしたが
次の転勤は、家族で引っ越すかどうかを
夫婦で話し合い、長女の中学入学をきっかけに
学区内にマイホームを構えました。
私たち夫婦には縁もゆかりもない土地だけど
子どもたちが安心して過ごせる環境を整えるのも
親の役目かなと思いました。
マイホームでは1年も過ごさず、
夫の単身赴任生活が本格的に始まり
数年後には夫の両親がもれなくついてきて
家族それぞれが新しい環境に
慣れていく日々が続くのです。
成長する娘たちと変わらない夫
平日は、娘たちとの「女子チーム」生活。
これが、思っていた以上に快適だったんですよ。
週末に「父親」「夫」という
異文化がやってくるたび、
ちょっとした違和感を覚えるように…
娘たちはいつの間にか、
自分のことを自分でできるようになり
お茶碗洗いもしてくれるし、
洗濯物もたたんでくれる。
「大人になったなぁ」
なんて感じながら
私の手も少しずつ空いていくはずだったのに…
週末、夫が持ち帰るのは、大量の洗濯物!、
仕事着、ワイシャツ、下着、靴下、ハンカチまで。
「この袋だけで洗濯機3回転ですけど⁉」
と、思わず叫びたくなる量。
赴任先には必要な家電一式あるので
洗濯もできるはず。
夫曰く、
「今週は、出張多くて社宅にいなかった」
とか
「自分でやってくると帰るのが遅くなるから」
とか
本人なりの理由はあるらしい。
「早く帰りたい」って言うけど、
その分の洗濯
誰がやってると思ってるのよーーーッ‼
夫のことが嫌なわけじゃないけど
子どもたちが少しずつ自立していくのを見ていると、
夫の行動が、どうしても目についてしまうんだよね。
できないのか?
やらないのか?
きっと、後者だな…。
この頃は、夫婦の会話も、
部活の送迎、習い事のこと、学校のこと
気づけば子どものことばかり。
会話としては成り立っていたけど
今思うと、夫婦としての会話ではなかったかも。
夫婦の会話って何?
つづきます。
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7月30日リリース
・元介護職員目線と娘目線の介護備忘録も書いています。
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