奈良には何度も来ていながら、「東大寺」に来たのは、中学校の修学旅行の時以来。何故わざわざここ「東大寺」に来たのかというと、2025年を時代の変曲点として、2026年から奈良を波動中心とした日本再生(縄文・明日香文明の再始動)が始まるのに際し、ここ「東大寺」は、かつて奈良・平城京ができた時の象徴的な所だから。
南大門
南大門の中央には、「大華厳寺」と書かれています。
「東大寺」の正式名称は、金光明四天王護国之寺と言うそうですが、華厳経を中心に仏教を学ぶ寺院だったが故に、「東大寺大仏殿」という朱印の上に「華厳」と書かれているようです。
中門から撮った大仏殿。
大仏様は、廬舎那仏 又は 毘盧遮那仏 とも言われる『華厳経』の教主。『大日経』と『金剛頂教』は密教の二大教典だけれど、『大日経』の正式名称は『大毘盧遮那成仏神変加持教』なので、大日如来と毘盧遮那仏は同体とも言われている。
奈良の大仏様はパンチパーマの元祖!。頭の上の盛り上がりは、サハスラチャクラが開いていることを示しいて、肉髷(ニクゲイ)と呼ばれる。🐭ことは、奈良の大仏様は、パンチパーマのゲイの兄貴!!! ヤバくねぇ~~~。
虚空蔵菩薩と廬舎那仏
大仏殿の、左隅に置かれていた「広目天」👈 👉右隅に置かれていた「多聞天」
大仏様の背中。背後から結構な太さの鉄針が何本もズブズブと刺さっている!
大仏殿の後方に置かれていた、かつての「東大寺」の模型。
東西にあった2つの「七重の塔」は、現在は消失している。
「東大寺」関連の記事をリンクしておきます。
《参照》 『ついに来たプラズマ・アセンションの時』池田整治(ヒカルランド)《後編》
【ムー ⇒ 縄文・大和 ⇒ シュメール ⇒ 新羅 ⇒ 日本】
《参照》 『古代天皇家と日本正史』 中丸薫 (徳間書店) 《後編》
【百済と近江朝】~
【東アジア連合国家的な発想に基づく東大寺建立】
《参照》 『「君が代」肯定論』 長部日出雄 (小学館新書) 《前編》
【東大寺大仏】
《参照》 『神仙界に行く三つの方法』 深見東州 (たちばな出版)
【行基】
《参照》 『温かなこころ』 中村元 (春秋社)
【ヴァーラドヴァージャ:奈良の大仏の開眼供養をしたバラモン僧】
《参照》 『没落からの逆転』 榊原英資 (中央公論新社)
【インド僧の名前】
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