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 著者が選んだ日本美のベスト10<伊勢神宮、出雲大社、法隆寺五重塔、東大寺大仏、明治神宮、『古事記』、『羅生門』、『釈迦十大弟子』、『御伽草子』、「君が代」>について書かれている。オーソドックスな紹介なんだろうけど、それゆえにあんまりパッとしない感じである。2009年10月初版。

 

 

【伊勢神宮】
 哲学者カントと同じプロイセンのケーニヒスブルグで生まれた建築家ブルーノ・タウトは、数年間日本で生活していた。その当時、桂離宮や伊勢神宮を巡ったときの記述が 『日本美の発見』(岩波新書)に残されているけれど、その中にあるタウトの見解が引用されている。 
「日本文化が全世界の諸国民に贈ったところのものに、いささかでも理解をもつ人は、親しく伊勢神宮に詣でなければならぬ。彼はここに日本文化のもつ一切のすぐれた特性が混然と融合して、一つの見事な結晶をなしているのを、従ってまたたんなる国民的聖地以上のものを見出すだろう。
 約言すれば、―――外宮をもつ伊勢はおよそ建築の聖祠である」 (p.20)
 何故そう思ったのか、理由はこの本を読んだだけではまったく分からない。外国人建築家が伊勢神宮をどう評価しようと、日本人は日本人の感覚で伊勢を認識していれば良いことだろう。とはいえ、日本人って案外、伊勢神宮のことを知らないのである。
 最近よく「ものみの塔」の人たちが布教のために家庭訪問して来るから、「伊勢神宮について何か知っていますか?」と訊いても、キリスト教とは何の関係もないからと思っているんだろうけど、「知るわけない」という顔をしている。天皇家や神道に関わる日本の深層(真相)など何も知らずにクリスチャンをやっている人は、本当に「灯台下暗し」なのである。
   《参照》   『フォトンベルト 地球第七周期の終わり』 福元ヨリ子 (たま出版) 《中編》
               【日本語の五十音】
               【 聖書の原典 : 「宇宙の真理の奥義」】
               【イザヤ夫妻が運んだモノ】

 

 

【出雲大社】
 平成12年(2000)4月29日の新聞各紙は、出雲大社の境内から、巨木三本を金輪で束ねた直系3メートルの巨大な柱(の基部)が出土したニュースを大々的に報道し、それが大社に伝わる「金輪造営図」の図様と一致することから、高さ48メートルの高層神殿の実在が一気に高まった。(p.49)
 出雲大社に詣でれば、巨大な柱が見つかった場所は石畳の上に描かれて分かるようになっている。出雲大社は伊勢神宮ができる以前から日本に存在していたのは確かなこと。その当時は、中国大陸四川省付近にまで影響範囲を持つ文化圏の中心だったのである。
 世界の歴史において、巨大な悲劇はつねに唯一絶対の神を奉ずる原理主義によってもたらされた。
 わが国においては、縄文の美を象徴する出雲大社と、弥生の美を象徴する伊勢神宮の双方に、絶えることなく大変な数の人々が参拝を続けている。
 われわれの最大の財産は、決して原理主義的になることのない ―― 双極をともに認めるこの素朴で寛容な「信仰心」なのである。(p.64)

 

 

【 『古事記』 】
 ギリシャ神話においては、麦の耕作を司る地母神デメテルが、最愛の娘を冥界の王プルードンに誘拐されたのを歎き悲しんで食を断ったので、台地は痩せ、世界は飢饉に陥る。
 人が食事を勧めても、頑として受けつけなかったが、バウボという女が着物の裾をまくって陰部を見せると、おもわず笑いだして、食事をする気になり、大地に豊かな実りが取り戻された・・・。
 このギリシャ神話と日本神話、そして「ナルニア国」の物語には、暗くて長い冬のあとに再びめぐり来る明るい春、死と再生、日食、飢饉、自分たちを危難から救ってくれる奇跡への祈り・・・等等、人類にとって普遍的な記憶の溶液が、その根元のところに共通して深く浸透しているのに相違ない。(p.81-82)
 上記は、『古事記』 の中の「岩戸開き」の部分によく似たギリシャ神話の一部だけれど、著者は、冒頭で英国ファンタジーの最高傑作であるC・S・ルイスの「ナルニア国物語」と日本神話の共通性から書き起こしている。3つのいずれも、キリスト教以前の思想を含んでいるのであって、「岩戸開き」は言うまでもなく、太陽神の復活、即ちキリスト生誕から20世紀末までの世界を主導してきたキリスト教―仏教文化期(2000年期)が終焉することを意味しているのである。
 現在の地球は、二酸化炭素ではなく太陽の異常な亢進作用によって温暖化が急速に進行しているけれど、「岩戸開き」神話は、このような宇宙規模でのサイクルによるこの度の宇宙イベントを表してもいるのである。巷で語られているアセンション問題こそがそれである。
 因みに、上記ギリシャ神話の地母神デメテルの最愛の娘とはペルセポネであり、下記の著作はペルセポネをキーとして著者の仮説を語っている面白い本である。
   《参照》   『鏡の中のアマテラス』 新井あけ美 (文芸社)
 ついでに、バウボに相当するのは天宇受売(アメノウズメ)。アメノウズメさんは西田ひかるみたいなお目々パッチリの美人だって言ってた人がいる。

 

 

【明治天皇を祀る明治神宮】
 私心というものを全く持たないがゆえに ―― もちろん大日本帝国憲法第1条と第3乗の条文に起因するものでもあるけれど ―― 国民にとって超越的な存在であった明治天皇という抜群の求心力がなければ、わが国が初めて西洋の巨大な軍事力と戦った日露戦争で勝利を収めることは難しかったろう。(p.144)
 我々現在の日本人は、日露戦争に勝ったという結果に感慨を深くすることはないけれど、当時の列強にとっては、弱小国・日本が大国ロシアに勝ったなどというのは、まさに奇跡としか形容しようのない “凄い” ことだったのである。
 明治天皇に関連する個所をリンクしておくと、
   《参照》   『日本人ならぜったい知りたい十六菊花紋の超ひみつ』中丸薫/ラビ・アビハイル/小林/久保《後》
             【幕末混乱期の日本を守ったフルべッキ】
   《参照》   『アメリカに頼らなくても大丈夫な日本へ』 日下公人 (PHP)
             【「わが国」】

 下記リンクは、明治神宮の維持に関わった方のお話。
   《参照》   『福島孝徳 脳外科医 奇跡の指先』 PHP取材班編 (PHP研究所) 《前編》
             【福島先生のお父様】

 

 

【聖徳太子と法隆寺】
 若くして戦の凄惨な現実を知り、権力闘争の苛烈さを痛感して、心中深く苦悩したことが、やがて聖徳太子の根本思想である「世間虚仮、唯物是真」(現象の世界は仮のもので、ただ仏のみが真実である)に結実して行ったのに違いないとぼくにはおもわれる。(p.104)
 文献上の史実に則したオーソドックスな見解だけれど、これは皮相な見解だろう。
 聖徳太子はスーパー・シャーマンだったのだから、その域で推測しないことには面白くもなんともない。「ノストラダムスの予言」で一世を風靡した五島勉さんの下記の著作にある聖徳太子と法隆寺の記述は、まさにその視点で記述されている。
   《参照》   『聖徳太子「未来記」の秘予言』 五島勉 (青春出版社)
              【日本書紀・巻二十二】
                ~【 「世間虚仮、唯仏是真」 】

 

 

【東大寺大仏】
 東大寺の大仏建立に関わった、最も重要な人物である行基について、多くのページを割いて書かれているけれど、リンクで代替。
   《参照》   『神仙界に行く三つの方法』 深見東州 (たちばな出版)
              【行基】
   《参照》   『没落からの逆転』 榊原英資 (中央公論新社)
             【インド僧の名前】

 ついでに、東大寺と法隆寺を、神霊的深みから日本文化を継承する人々がどうとらえているかを知るために、
   《参照》   『千年の四季』 友常貴仁 (三五館) <後編>
             【蘭奢待(らんじゃたい)】
 国津神と天津神、縄文と弥生、和語と漢語、唐風(東洋風)と和風。
 対立する双極を共存させて、かつ見事に調和させるわが国の「和」の文化は、
 神と仏。
 をも両立させて、二つの焦点を持つ楕円形の面積を飛躍的に大きくしたのだ。
 仏教の需要が、わが国の精神文化にもたらした豊かさと深さは測り知れない。

 大仏開眼の法会がそうであったように、今も東大寺の境内には、東洋と西洋の両方からの観光客が溢れていて、じつに国際色豊かな「和」の光景を見せている。(p.134-135)
 “和語と漢語、唐風(東洋風)と和風の共存・調和”と言っても、何でもかんでも取り入れたわけではない。
 孟子の革命思想と纏足は、「来ちゃ嫌よ」と拒否したのである。
   《参照》   日本文化講座 ① 【 七福神 】
             □□□ 例外 □□□