
日本に関する導入書としては、このような本がいいかもしれない。著者には『カバラ数秘術』という著作もあるらしいけれど、、日本に関する表向きの文化のみならず、スピリチュアルな視点でも記述されていることが評価できる点。日本文化は、スピリチュアルな領域に深く根を下ろしているからである。
それにしても著者のペンネームは、バランス・読みやすさ・覚えやすさという点で、かなり劣っているように思えてしまう。カバラ数秘術でこの名前を付けたとでもいうのだろうか? 2014年10月初版。
それにしても著者のペンネームは、バランス・読みやすさ・覚えやすさという点で、かなり劣っているように思えてしまう。カバラ数秘術でこの名前を付けたとでもいうのだろうか? 2014年10月初版。
【龍の落とし子】
《参照》 『宇宙一切を動かす「数霊」の超メッセージ』 はせくらみゆき・深田剛史 (ヒカルランド)
【135】
僕は、阪神・淡路大震災が起きた年の1995年から日本の目覚めがはじまっているというふうに見ています。神戸の地震でまさに「神の戸」が開いたんです。・・・中略・・・。これからは、1995年以降に生まれた人たちの時代になりつつあるわけです。
日本でも世界で活躍する人たちが、これからもっともっと増えてくると思います。日本人が世界に出て行く時代にやっとなってきた。
僕たちはみんな、「龍の落とし子」なんですね。母なる龍の上に住んでいるわけだから。
たくましい若者がどんどん増えて、世界に羽ばたいていく。それはまさしく「龍の落とし子」ですよ。自分は「龍の子」なんだという、そういう思いで世界に出て行ってほしいと思います。(p.55)
日本列島は世界の縮図(雛形)であり、同時に龍体を表していることは、日本をスピリチュアルに認識する上で基本中の基本事項。龍体はエネルギーそのものである。
日本でも世界で活躍する人たちが、これからもっともっと増えてくると思います。日本人が世界に出て行く時代にやっとなってきた。
僕たちはみんな、「龍の落とし子」なんですね。母なる龍の上に住んでいるわけだから。
たくましい若者がどんどん増えて、世界に羽ばたいていく。それはまさしく「龍の落とし子」ですよ。自分は「龍の子」なんだという、そういう思いで世界に出て行ってほしいと思います。(p.55)
今はまだ日本人の気質に世界が追いついていないところもありますけど、いずれ日本が、世界のスタンダードになっていくと思います。(p.55)
このように考える理由は明確に記述されていないけれど、本質的な理由は、地球風水である『ガイアの法則』によって、1995年以来、文明に活性点が東経135度の日本にシフトしているから。《参照》 『宇宙一切を動かす「数霊」の超メッセージ』 はせくらみゆき・深田剛史 (ヒカルランド)
【135】
【イギリスの島国根性】
日本は文化国家として世界の中心になる予定だけれど、それを促進するのは、イギリス人的島国根性を持つ日本人である。日本的な島国根性しかない井の中の蛙そのもののコテコテ日本人は、ハッキリ言って「無用の長物」以下。
世界文明の活性ポイントである東経135度の地で生まれた世界企業家経営者の著作をリンク。
《参照》 『たかが英語!』 三木谷浩史 (講談社) 《前編》
【日本発の世界企業】
イギリスは覇権を握るために、優秀な人は国内にいちゃいけないっていう、そういう教育を施したというふうに聞きました。いわゆる国外に領土を取りに行きなさいと。島国だから、ここにいても領土は増えないよと。
優秀な人ほど出て行きなさい、というのがイギリスの島国根性なんですね。(p.60)
日本人の島国根性とは真反対。優秀な人ほど出て行きなさい、というのがイギリスの島国根性なんですね。(p.60)
日本は文化国家として世界の中心になる予定だけれど、それを促進するのは、イギリス人的島国根性を持つ日本人である。日本的な島国根性しかない井の中の蛙そのもののコテコテ日本人は、ハッキリ言って「無用の長物」以下。
世界文明の活性ポイントである東経135度の地で生まれた世界企業家経営者の著作をリンク。
《参照》 『たかが英語!』 三木谷浩史 (講談社) 《前編》
【日本発の世界企業】
【玄関で靴を脱ぐ日本の習慣】
《参照》 『元つ神に「光ひとつ上ぐる」仕組み』 白山大地 (ヒカルランド)
【「玄牝の門」】
ついでに、床の間については
《参照》 『宇宙一切を救うアセンション・プロセス』 榎本孝明&エハン・デラヴィ (徳間書店)
【物置と床の間】
【貧乏神の化身】
どうして日本人は家に入るときに靴を脱ぐのでしょうか?
日本の家の原型は何かというと、神社なんですね。・・・中略・・・。家の中は神様のいる神聖な場所だから、靴などはいていられないわけです。・・・中略・・・。神様を家に招くために、日本人は靴を脱ぐんです。(p.65)
玄関で靴を脱ぐわけだけれど、その玄関については日本の家の原型は何かというと、神社なんですね。・・・中略・・・。家の中は神様のいる神聖な場所だから、靴などはいていられないわけです。・・・中略・・・。神様を家に招くために、日本人は靴を脱ぐんです。(p.65)
《参照》 『元つ神に「光ひとつ上ぐる」仕組み』 白山大地 (ヒカルランド)
【「玄牝の門」】
ついでに、床の間については
《参照》 『宇宙一切を救うアセンション・プロセス』 榎本孝明&エハン・デラヴィ (徳間書店)
【物置と床の間】
靴を脱いで上がっちゃったら、そこは神の領域です。その神の領域で、どういう神様が降りてくるのかは、家の中の状態で決まります。
だから、家の中が片付いていないと、おかしな神様がくるんですよ。それがいわゆる貧乏神とか疫病神といわれるものですね。(p.65)
《参照》 『プレアデス『メシアメジャー』からの黙示メッセージ』 村中愛 (ヒカルランド) 《後編》だから、家の中が片付いていないと、おかしな神様がくるんですよ。それがいわゆる貧乏神とか疫病神といわれるものですね。(p.65)
【貧乏神の化身】
【風呂好き、温泉好きな訳】
聖域の中で、自分が毎日生まれ変わる。生まれ変わるためには、もう一度参道を通って、羊水に包まれるという仕組みが必要なんですね。・・・中略・・・。お湯につかることが大事なんですね。生まれ変わるための儀式ですから。その儀式を毎日家でやっているからこそ、温泉という文化が日本で根付くんだと思います。(p.75)
海外にも温泉はあるけれど、たいてい水着着用である。水着を着ている胎児がいたら、ちょっとしたホラーである。
【神社のシステム】
《参照》 『神々の聖地』 山田雅晴 (たま出版)
【三種の神器は人の心の有り様を表わす】
・鳥居・・・この世とあの世をつなぐ門、結界の役目
・樹木・・・「木=気」のシャワーを浴びて身を清めるためのもの
・参道・・・「産道」。再び生まれ変わるための道程
・手水舎・・・口と手を水で清め、「禊」をするための場
・砂利・・・「邪離」。音霊を聞いて自らを瞑想状態に導くためのもの。
・鈴・・・「ススを払う」。音霊を聞いて穢れを払うためのもの
・鏡・・・「かがみ」から「が(我)」をとると「かみ(神)」になる。
自分自身が神であることを確認するためのもの (p.79-80)
神社の御神体として、鏡・剣・磐座(=エネルギーのボルテックス=勾玉)といった三種の神器が置かれていることもある。・樹木・・・「木=気」のシャワーを浴びて身を清めるためのもの
・参道・・・「産道」。再び生まれ変わるための道程
・手水舎・・・口と手を水で清め、「禊」をするための場
・砂利・・・「邪離」。音霊を聞いて自らを瞑想状態に導くためのもの。
・鈴・・・「ススを払う」。音霊を聞いて穢れを払うためのもの
・鏡・・・「かがみ」から「が(我)」をとると「かみ(神)」になる。
自分自身が神であることを確認するためのもの (p.79-80)
《参照》 『神々の聖地』 山田雅晴 (たま出版)
【三種の神器は人の心の有り様を表わす】
【日本には哲学するという思想はない】
《参照》 『パパは年収60万円』 ケン井上 (KKベストブックス)
【坐禅】
現代なら変性意識に入ることが可能な、ヘミシンクというツールも開発されている。
いずれの方法であれ、意識の世界で高次元に接している人々は、哲学などにはコレポッチも興味は持たないだろう。西洋哲学は、多言を弄するしかない気の毒な左脳タイプ人間のこだわりに過ぎない。東洋哲学は、神意識に近い体験を元に語られたものだろう。
また日本人は、そもそもからして智恵証覚に秀でているがゆえに、哲学とは対極的に、言葉を極端に少なくした和歌や俳句によって本質を伝達することができるのである。
《参照》 『ガイアの法則[Ⅱ]』 千賀一生 (ヒカルランド) 《前編》
【象徴伝達の文化】
《参照》 『日本霊界風土記 熱田』 深見東州 (たちばな出版)
【言霊解】
《参照》 『発想職人のポケット』 高橋宣行 (小学館)
【創造は、「何を残して、何を捨てるかだ」】
日本には哲学するという思想は、あまり育たなかったんじゃないかと思うんですね。(p.88)
哲学が芽生える背景にあるのは、ひとことでいうと、「私」と「神」を切り離しているからではないかと思います。
なので、「私は一体何者なの?」「この宇宙を作ったのは何者なの?」といった疑問が起こる。それは、私と神が違うものであるという大前提がそこにあるからだと思うんです。だから、自分の外側に常に問いかけちゃう。(p.89)
その通りだろう。スピリチュアルなワークに参加する人々は、皆、「私=神」であることを体感したくてやっている。古来から日本人は、念仏を百万遍唱えるとか、真言を繰り返し何度も唱えるとか、団扇太鼓を叩きながら山頂を目指すとか、ひたすら呼吸に意識を集中するとか、炎や梵字を見つめながら瞑想するとか、只管打座に打ち込むとかの方法で、感度と意識を高め、神に接することを目指していた。哲学が芽生える背景にあるのは、ひとことでいうと、「私」と「神」を切り離しているからではないかと思います。
なので、「私は一体何者なの?」「この宇宙を作ったのは何者なの?」といった疑問が起こる。それは、私と神が違うものであるという大前提がそこにあるからだと思うんです。だから、自分の外側に常に問いかけちゃう。(p.89)
《参照》 『パパは年収60万円』 ケン井上 (KKベストブックス)
【坐禅】
現代なら変性意識に入ることが可能な、ヘミシンクというツールも開発されている。
いずれの方法であれ、意識の世界で高次元に接している人々は、哲学などにはコレポッチも興味は持たないだろう。西洋哲学は、多言を弄するしかない気の毒な左脳タイプ人間のこだわりに過ぎない。東洋哲学は、神意識に近い体験を元に語られたものだろう。
また日本人は、そもそもからして智恵証覚に秀でているがゆえに、哲学とは対極的に、言葉を極端に少なくした和歌や俳句によって本質を伝達することができるのである。
《参照》 『ガイアの法則[Ⅱ]』 千賀一生 (ヒカルランド) 《前編》
【象徴伝達の文化】
《参照》 『日本霊界風土記 熱田』 深見東州 (たちばな出版)
【言霊解】
《参照》 『発想職人のポケット』 高橋宣行 (小学館)
【創造は、「何を残して、何を捨てるかだ」】
【「私=神」】
「私=神」という日本人の意識は、哲学を必要としなかったこと以外にも、主語を用いない(p.91)という日本語表現習慣の中にも見てとれる。
《参照》 『ギャラクティックファミリーと地球のめざめ』 ジャーメイン&サーシャ(リサ・ロイヤル)
【一体意識への先導役】
【日本人:地球を統合する使命】
「私=神」という日本人の意識は、哲学を必要としなかったこと以外にも、主語を用いない(p.91)という日本語表現習慣の中にも見てとれる。
日本人の場合は、神と人間は切り離されていないし、常に一緒なんですね。だから日本では暴動が起きないし、むやみに争わない。
だって自分の中に神がいて、相手の中にも神がいるので、神様同士というか、もとは同じものなんです。その同じもの同士が争っても仕方がないということが感覚的に分かっているんだと思います。(p.93)
「一なるものの法則」はスピリチュアルな研鑽の到達点だけれど、日本人は、魂の領域でそのことを既に知っているはずである。必要なのは、思い出すだけの事。だって自分の中に神がいて、相手の中にも神がいるので、神様同士というか、もとは同じものなんです。その同じもの同士が争っても仕方がないということが感覚的に分かっているんだと思います。(p.93)
《参照》 『ギャラクティックファミリーと地球のめざめ』 ジャーメイン&サーシャ(リサ・ロイヤル)
【一体意識への先導役】
【日本人:地球を統合する使命】
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