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 博報堂OBの方の著作。製品のみならず企業イメージにまで影響を及ぼす広告だけれど、優れたヒット作品を生み出す方程式があるわけではない。だから、この本を読んだからといって明確なポイントを掴めるわけではないけれど、発想に関する全体的な方向性のようなものなら分かるだろう。2010年7月初版。

 

 

これからのビジネスは、恋愛関係に似た社会が相手】
 それは対象を見きわめ、相手をどう惚れさせるか。そのために自らの人柄をどう併せて伝えきれるか。これからのビジネスは、恋愛関係に似た社会を相手にしていく、と考えたほうがいいようです。こうした考えは、商品の世界にも表れています。高品質なモノ余り社会では、「高性能の上に、好き!」 をつくらないと人は動きません。(p.17)
 こういった考えが生じるのは、女性の発想が市場を左右するという共通理解が生じているからなのだろう。男性ならば、「高性能な上に、価格」 と考えるけれど、女性は、経済性より感覚的に好きか嫌いかの判断が先に立つのである。
 ところで、いくらこのような女性の発想におもねって市場を開拓しようとしても、日本経済全体を押し上げることにはならないだろう。女性の認識範囲は男性に比べたら、日常生活範囲に限定された狭小さを特徴としている。ブランド物を買いあさる女性によって出来ているマーケットが、経済全体に占めるパーセンテージなどたかが知れたものである。世界経済を動かす主要なマーケットは日常感覚とは無関係な領域の方が圧倒的に多いのである。
 女性が、女性的発想によるメリットを維持したまま、男性が俯瞰的に見下ろす領域にまで意識が広がるようにならないと、女性が社会進出したことによる発展的効果など得られないのである。

 

 

【創造は、「何を残して、何を捨てるかだ」】
 クリエイティブは 「何を残して、何を捨てるかだ」。 ・・・(中略)・・・ 「名人はけずり落としていく。どんどん足していくのはアマチュアだ」。(p.73)
 この様な記述を読んですぐに思い浮かぶのは、余白を残すことなくキャンバスを塗り込めて行く洋画と、余白を活かして一気に一度きりで線を描き切る日本画の違いである。あるいは、用語を定義し詳細に語り尽くそうとする西洋哲学と、最小限の文字数の中にすべてを捉えようとする日本の文学芸術である俳句の違いである。
 数十秒間のテレビ広告とか風景の中で流れ去ってゆく広告に、いろいろ詰め込まれていても、人の脳はそれら全てなど認知できない。だから、限られたものからイメージを広げられるような手法に成らざるを得ないのである。
 西洋で生まれてその文化の中で学んだ魂は、最終的に日本に生まれかわって、画龍点睛としての仕上げをするのである。
   《参照》   『本当の愛とはなにか?』 深見東州 たちばな出版
              【智恵証覚に秀でた日本人】

 

 

【「悩みの本質をつかめ」】
 「悩みの本質をつかめ」 「悩みを束ねてひと言で言い尽せ」。クリエイティブなビジネスをする人のために、私は言い続けているのですが・・・。(p.93)
 「創造(クリエイティブ)の方法」 と、「悩みの本質のつかみ方」 は基本的に同じである。
   《参照》   『佐藤可士和の超整理術』 佐藤可士和 (日本経済新聞社) 
              【思考回路を整理する】
              【整理と問題解決は、同じ・・・】

 

 

【足で書く】
 アメリカの広告会社では、「3週間レッグワーク(取材活動)して、3時間で考えろ」 というルールがあります。その3週間、頭の中を空っぽにして入れるだけ入れる。身体で感じるものもどんどん入れる。先に仮説を立ててしまうと思い込みが強くなり、切り口を狭めていくからです。そして、集めに集めた中から、新しい関係性(組み合わせ)を見つけ、コンセプトへと進んでいきます。まさに足で書くことの実践です。(p.103)
 運動不足の状態では鋭敏な頭脳状態など保てるわけがないし、体の細胞が淀んでいたらヒラメキなど決して生じない。「足で書け」 という発想の大本は恐らくこれであろう。
 近代社会が肥大化させるメタボリックな “頭脳” に依存せず、身体意識を旨とした “身体脳” を活用すべきなのである。
   《参照》   『からだには希望がある』 高岡英夫 (総合法令)

             
<了>