
表紙の下部に書かれているように、「天皇家とはイエス王家のこと」を証すために、空海によって導かれた著者が辿ったフィールドワークの足跡が記述されている。ほんのごく一部を書き出したに過ぎないのに、大層な長さになってしまった。日本神霊界に秘められた謎解き本としては、圧倒的に水際立っている。2017年5月初版。
【空海の導き】
空海様が最初に私に言われたことは、「七福神の謎を解け!」だった。私には到底難しい問いだったが、6年の時を経てやっと、天界からの声の全てに繋がりがあったことがわかってきた。
「七福神」とは、この我が国の礎を築かれ、富をもたらした、重要な実在の人たちだと空海は教えている。
道教の聖地である中国の仙山では、「九福神」が祀られていた。「七福神」」と「九福神」のカラクリが我が国の歴史の真実を教えてくれていた。(p.13-14)
前書きに、このように書かれている。「七福神」とは、この我が国の礎を築かれ、富をもたらした、重要な実在の人たちだと空海は教えている。
道教の聖地である中国の仙山では、「九福神」が祀られていた。「七福神」」と「九福神」のカラクリが我が国の歴史の真実を教えてくれていた。(p.13-14)
【埴岡の里】
太古の時代から、この「埴岡の里」は「聖地」として選ばれていたに違いない。聖地はその2つの山の間を軸にして北方向にまるで蝶が羽を開いたように扇形、あるいは見方によってはハート形に拡がっており、周囲を七福神様たちの山々に囲まれていて、平面的に見れば、「市川」の7本の川とで巨大な「生命の樹(メノラー)」が形造られている。・・・中略・・・。
備前で最期を迎えられたイエス・キリストの遺体を、聖地の奥深くに建造されていた陵墓まで運ぶのも、おそらくベーロンのような舟で、「市川」を上って行ったものと推測できる。それは、さほど大変な作業ではなかったと思える。(p.50)
「埴岡の里」は、兵庫県の中央部にある神河町と朝来市生野町に跨る地域。備前で最期を迎えられたイエス・キリストの遺体を、聖地の奥深くに建造されていた陵墓まで運ぶのも、おそらくベーロンのような舟で、「市川」を上って行ったものと推測できる。それは、さほど大変な作業ではなかったと思える。(p.50)
【空海が、禅定する中で息を引き取った理由】
ところが、著者の説明によると、空海は、「この世に残るという目的のためにこそ、輪廻の軌道を断ち切る」ことを選んでいたことになる。「七生報国」どころか、「魂魄この世に留まり続ける覚悟の報国」である。
不思議な体験が始まって以降も、まだまだ空海様を認識する前の私は、・・・中略・・・「たかが自殺した人間だろう!?」と半ばあきれた思いをもったりしていた。
ところが、ある夜、・・・中略・・・私は頭と心を一撃された。とんでもない思い違いに気づかされた私は、声を張り上げて大泣きに泣いた。空海様は自ら命を絶てばどういうことになるのか、重々承知の上で、あえてこの方法を選ばれたのである。何故か? それは、この国に重大な建国の秘密があり、そのことを空海様は全て知っておられたからなのである。空海様はご自分の任務として、いつかこの地球が破滅してしまう前に、人類の平和のために、この大変な真実を正しく世に知らせる必要がある、と悟っておられたからなのである。その任務を全うするために、時機を待つ必要があったのだ。だから、その時が来るまで、この世に留まって、次から次にいろんな人物に乗り移って、そして、今日、ここに至るまで、耐えておられたのだ。この事実を教えられた私は、自分自身のあまりの軽薄さに泣けて泣けてたまらなかった。(p.69)
空海の入定は「即身成仏」のためとして伝えられているけれど、その場合は、「二度と、この世に生まれ変わらないという目的(成仏)のために、輪廻の軌道から出る技法」として認識されているのではないだろうか。事実、チャンちゃんが学生時代、真言密教を学んだ時はそのような認識で教わっていた。ところが、ある夜、・・・中略・・・私は頭と心を一撃された。とんでもない思い違いに気づかされた私は、声を張り上げて大泣きに泣いた。空海様は自ら命を絶てばどういうことになるのか、重々承知の上で、あえてこの方法を選ばれたのである。何故か? それは、この国に重大な建国の秘密があり、そのことを空海様は全て知っておられたからなのである。空海様はご自分の任務として、いつかこの地球が破滅してしまう前に、人類の平和のために、この大変な真実を正しく世に知らせる必要がある、と悟っておられたからなのである。その任務を全うするために、時機を待つ必要があったのだ。だから、その時が来るまで、この世に留まって、次から次にいろんな人物に乗り移って、そして、今日、ここに至るまで、耐えておられたのだ。この事実を教えられた私は、自分自身のあまりの軽薄さに泣けて泣けてたまらなかった。(p.69)
ところが、著者の説明によると、空海は、「この世に残るという目的のためにこそ、輪廻の軌道を断ち切る」ことを選んでいたことになる。「七生報国」どころか、「魂魄この世に留まり続ける覚悟の報国」である。
大抵の人は、「死んだ人の霊は肉体がないので、どこへでも自由にける」と思い込んでいるようだが、実はそうではないようだ。霊は肉体がなければどこにも行くことができないのだ。ある場合には、乗るに相応しい人がそばに出現するまで何年も同じ場所で動けずにじっと待っている霊もいる。(p.70)
【空海の出生】
【空海の出自】
グーグルマップを、「徳島県勝浦町星の岩屋」で検索すると、星谷寺(しょうこくじ)がヒットする。
その時、私に告げられた空海様についての事柄は、以下のようなものである。
774年7月16日 徳島県勝浦町の星の岩屋で生まれた。
1歳7か月の頃、香川県の善通寺の佐伯家へと養子に出された。
実母が「マオ」とカタカナで名を付け、佐伯家が「真魚」と名付けた。
父母は、秦氏の血統である。(p.73-74)
《参照》 『空海は古代ユダヤの錬金術師だった』 月海黄樹 (徳間書店) 《後編》774年7月16日 徳島県勝浦町の星の岩屋で生まれた。
1歳7か月の頃、香川県の善通寺の佐伯家へと養子に出された。
実母が「マオ」とカタカナで名を付け、佐伯家が「真魚」と名付けた。
父母は、秦氏の血統である。(p.73-74)
【空海の出自】
グーグルマップを、「徳島県勝浦町星の岩屋」で検索すると、星谷寺(しょうこくじ)がヒットする。
【星谷寺の大師堂】
【稲荷:イナリ】
空海様の斜め前方に「大師堂」があって、そこに掛けられている扁額がまさしく「空海様はイエス・キリストである」と語っているようなものである。3つの扁額中央は「弘法大師」、向かって右は「大黒天」、左は「白髭大明神」。「大黒天=大国主命=イエス・キリスト」 「白髭=猿田彦」 「稲荷=イエス・キリスト=猿田彦」と、私は既に教えられていた (p.77-78)
《参照》 『日本人ならぜったい知りたい十六菊花紋の超ひみつ』 中丸/アビハイル/小林/久保【稲荷:イナリ】
実母が名付けた「マオ」に、子供を意味する「シェ」をくっ付けると、「マオシェ」となり、それが「モーシェ」となり、「我、モーセなり、我、イエス・キリストなり」となる。実のお母さんは、偉大な人物の名前を空海様に名付けられた・・・・いえいえ、空海様がその名前を選んで、この世に出現されたということなのだろう。(p.78)
【聖なる霊ライン】
《参照》 『失われたアイデンティティ』 ケン・ジョセフ 光文社 《後編》
【空海と最澄・真言宗と天台宗・新約聖書と旧約聖書】
《参照》 『神仙界に行く三つの方法』 深見東州 たちばな出版
【最澄と空海】
《参照》 『地球霊王、日本列島に現る!』 毛利雄二 (たま出版)
【伊勢神宮・比叡山・高野山、そして富士山】
10番札所と88番札所の間を人が踏むことのないような配置にして、〈聖なる霊ライン〉が走れるようになっているのである。(p.83)
“人が踏むことのない”とは、四国巡礼(お遍路)の旅が、徳島から始まり香川県で終わることを言っている。 「聖なる霊ライン」とは、四国・剣山と兵庫県にあるイエスの墓、卑弥呼の墓、モーゼの墓、書寫山圓教寺を結ぶラインのこと。つまり、剣山から、閉じていないお遍路の開口部を通った先に、イエス・卑弥呼・モーゼの墓があることを言っている。剣山の元は「鶴来山」で鶴はイエスの象徴(p.265)だという。
書寫山圓教寺は西国三十三所の27番札所でありながら、最も西端に位置している天台宗のお寺である。私は、この事実から、最澄様も空海様同様、秘密を知っておられたと確信した。そして二人は任務を分担して共同で遂行しているとも思えた瞬間だった。(p.83)
最長と空海については、著者が書いている通りなのだろう。《参照》 『失われたアイデンティティ』 ケン・ジョセフ 光文社 《後編》
【空海と最澄・真言宗と天台宗・新約聖書と旧約聖書】
《参照》 『神仙界に行く三つの方法』 深見東州 たちばな出版
【最澄と空海】
《参照》 『地球霊王、日本列島に現る!』 毛利雄二 (たま出版)
【伊勢神宮・比叡山・高野山、そして富士山】
【アークは剣山に?】
精霊界のアーク守備役は、七福神の内のひと柱である「毘沙門天」=「アメノヒボコ」。
肉体を持ってアークを守っていたのは、「平家」と言われた人たちのルーツにあたる人々(p.89)だと書かれている。
宇宙霊界(星座)からは、アンタレスを主星とする蠍座。
《参照》 『エメラルド タブレット』 トート (霞ヶ関書房)
【プラズマ宇宙の仕組みを解明しているアンタレスの住者たち】
空海様はこのままこの山に隠し続けるのは危険、と感じられたようで、密かに兵庫県に移し替えられたのだが、現在の様子を、私の目を通してしっかり見てみたかったらしい。・・・中略・・・。その木の精霊を、私は「毘沙門天」つまり「アメノヒボコ」だと教えられた。この方が一生懸命アークを守ってこられたのだ、と。(p.86)
“この山”とは、剣山のこと。精霊界のアーク守備役は、七福神の内のひと柱である「毘沙門天」=「アメノヒボコ」。
肉体を持ってアークを守っていたのは、「平家」と言われた人たちのルーツにあたる人々(p.89)だと書かれている。
宇宙霊界(星座)からは、アンタレスを主星とする蠍座。
実は、剣山から三嶺までの剣山系の山々を使ってサソリ座が造られている。アークをサソリに守らせていたのだった。(p.90)
横道に入ってしまうけれど、蠍座の主星・アンタレスがどんな星なのかは、下記リンクを辿ればいろいろ書かれている。《参照》 『エメラルド タブレット』 トート (霞ヶ関書房)
【プラズマ宇宙の仕組みを解明しているアンタレスの住者たち】
《後編》 へ