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 インドに関する本はいくらでもあるけれど、こんなに心が通うインド本は、そうそうないだろう。著者の人間性によるところが大きいはずである。2003年6月初版。

 

【インドにおける僧侶(バラモン)】
 スリランカの寺はブダガヤではいちばん古くからありました。すでに30年もこの村に駐在し厳しい小乗仏教の修行をかさねながらも明るく大らかな老師は、貧しい村人からはとても慕われていました。尊重や警察、顔役の裁定よりも全幅の信頼を得ている老師のもとには村の決まりごとやルール、些細なもめごとまでが持ち込まれ穏やかな解決案が示されていました。(p.22)
 著者さんが出入りしていた仏教の聖地ブダガヤの一場面を書き出してみたのだけれど、インドでは、仏教徒に限らず、全ての国民がお坊さんの判断を主体に人生を歩んでいるらしいことを、先ごろ、現地人ガイドさんから聞いていた。
 インドにおいて、お坊さん(バラモン)はカーストの最上位階級だから尊敬されているのではなく、昔から生活に根差した宗教的習慣として、頼りにされているらしいのである。

 

 

【インド人女性の姿勢】
 北インドでは春3月になるとマスタードの黄色い花波が走り抜けます。
 その黄色の花波の中に、ショッキングピンクのサリーをからげた女たちが白牛を曳いていたり水つぼを頭に乗せた行列で歩いているのを見たりすると、色彩の美しさやポジションの見事さにくぎづけになります。(p.28)
 都市間を移動するバスの車内から、荷物を頭に載せて運ぶインド人女性の姿を何度も見たけれど、頭にモノを乗せて運ぶ習慣の中で育つと、必然的に姿勢が美しくなるだろう。著者が「ポジションの見事さにくぎづけになります」と書いているのが良く分かるのである。
 インドの民族舞踊でも、頭上に壺を何段も重ねた状態で高速回転する舞踊が多く見られたけれど、これは曲芸じみた舞踊を披露しているのではなく、きちんと背筋を伸ばした状態でセマーのように回転することで、神との一体化を促進するためにしていることのはずである。
 セマー(イスラムの神秘主義の「スーフィーの旋回舞踊」のこと)において、ピンと立った背筋は宇宙軸であり、この軸を中心に、揺らぐことなく回転することで宇宙流動にシンクロするのである。
 日本語には、円環運動を語源とする「狂ほす」という表現があるけれど、姿勢(=至誠)の乱れた日本人は、頭上に物を載せて運ぶ習慣のあるインド人女性より、遥かに神から離れてしまっているといえないだろうか。
  《参照》  『狂の精神史』 中西進 (講談社文庫)
            【狂ほす】

 

 

【足りないものがない場所】
 逆三角形をしたインド亜大陸のいちばん下あたり、南インド・ケーララ州アレッピーからクイロンまで約90kmをバスを使えば2時間で行かれる行程を、8時間もかけて観光船に乗ってみました。バックウォーター、水郷地帯の船旅です。
 乗客はひと組のインド人カップルを除いてすべて外国人観光客で、30人くらいいたでしょうか。
 アレッピーを出て2時間も過ぎたころです。
 対岸の景色を見ていた娘が「ここには、すべてが揃っているね。足りないものがない」と、ポツリといったのです。 (p.48)
 ハイビスカスが咲き、マンゴーや椰子が稔る土地に住む人々の穏やかな生活風景を見て、足りないものがないという表現が出てきたらしい。
 グーグルマップで、このバックウォーター・ラインの南端ターミナルの Kollam KSWTD Boat Jetty 付近を見てみたら、オーストラリアのパース~フリーマントル間のスワン川を航行した時の風景を思い出していた。こんな船旅が格安で8時間も出来るなんて最高である。
   《参照》  『旅で眠りたい』 蔵前仁一 (新潮社) 《前編》
            【ケララのバック・ウォーター・トリップ】

 

 

【二つのパレス】
 ジャイプールから40km郊外にはモサドパレスがあります。
 400年続いたマハラジャの威光をぎっしりと詰め込んだ建物で、城塞の華麗なたたずまい、内部の美しさ、豪華絢爛には、ため息やら驚きやら、感服、脱帽してしまいます。
 ・・・中略・・・。
 ブルー・シティの異名を持つジョドプールには、ウメッド・バワンパレスがあります。
 町を見下ろす丘の上にそびえ立つ重厚な城はマハラジャの威力を目の当たりに見せつけます。 (p.52)
 後々、役立つかもしれないと思って書き出しておいただけ。

 

 

【ビリン】
 私のお気に入りの野菜は「ビリン」、オクラです。
 気温が50℃を超える5月のブダガヤでは、夏野菜はビリンだけになります。(p.69)
 近年の酷暑が続く日本でも、夏野菜としてオクラ栽培ができる。

 

 

【葬送の列】
 旅する日々の道端で葬送の列を見ることもあるでしょう
 竹ザオで組まれた担架の上に いとしいひとが眠っています
 白い布なら男性 色布ならば女性です
 女たちは焼場についていくことができません
 涙の家で静かなお弔いの儀式をしていることでしょう (p.74)
 インドでは、葬送の列に女性はいない。なぜだろう。
 昔の日本人も、葬儀の時には、竹ザオをいろんなことに使っていただろう。

 

 

【ジャンガナート寺院の大祭】
 コルカタのハウラ駅から夜行列車で12時間、ベンガル湾沿いに南下したところにヒンドゥ教ビシュヌ神の聖地プーリーがあります。ヒンドゥ教徒はここプーリーをジャンガナート・プーリーと読んで特別扱いします。(p.75)
 なにせ、ラタ・ジャトラの祀りには毎年10万人の熱狂的な信者が押し寄せ、巡行する山車の車輪に身を投じること、神様に身を捧げることもいとわないというかなり過激な祭りです。
 ジャンガナート「Juggernaut」は英語の「盲目的な服従」という意味に転化されているほどです。(p.76)
 へぇ~。
 グーグルマップで、Shree Jagannath Temple とあるのが中心となるジャンガナート寺院らしい。
   《参照》  Ratha Yatra -- The Chariot Festival at Jagannath Puri, Orissa, India.
 下記リンクには、プーリーではなくそこから40kmほど北側にあるブバネーシュワルでの祭りのことが書かれているけれど、Youtubeにある双方の動画を見ると、プーリーの方が規模は遥かに大きいらしい。
   《参照》  『12億の常識が世界を変える インド』 長谷川慶太郎 (ポプラ社) 《後編》
              【祇園祭の原型が残るオリッサ州】
 ジャンガナート寺院はヒンドゥ教徒以外の参拝を禁じています。・・・中略・・・。
 入口の男に「私たちは日本人です。ヒンドゥ教では仏陀を、ビシュヌ神の9番目の化身と考えているんでしょ。入れてください」などと頼んでみても“不許可”の御託宣でした。(p.77)

 

 

【聖地ベナレスへ】
 ベナレス着の2等列車で マリ子は連結部に横たわっている死体を
 気付かずに跨いでしまいました
 私の旅でも 座席の下に死体が横たわっていたことがあります

 ベナレスに到着する列車には
 聖河ガンジスで葬ってあげようと
 心優しい親族が死体を布にくるんで運んでくることがあります
 ・・・中略・・・
 花盆を抱えた老母や金剛杖を頼りに歩くサドゥ(行者)たちと合流して
 ガンジスのガートへと急ぎ足で運ばれていきます (p.87)
 2等車で運んでくるような人々に、荼毘を施すほどのお金があるだろうか。
 ないなら、そのままガンジス川に流されることだろう。
 ないしは、野良犬に喰われるのかもしれない。
 であったとしても、ベナレスまで運んでもらえたなら、それで、最高の葬送である。
   《参照》  『インド人には、ご用心!』 モハンティ三智江 (三五館) 《前編》
             【ベナレスの火葬場】