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 タイトルに期待して読んでも、多分、殆ど叶わないだろう。週刊誌に寄稿するような短い文章が殆どなので、心のうちに分け入って涙の海を巡航するような楽しさは、ほぼない。2014年3月初版。

 

 

【みずみずしい感性を蘇らせてくれるトランスフォーマー】
 仕事や人生について真剣に前を見つめ、ひたすら前を走り続ける姿はとても潔い。けれど、立ち止まり、周囲を見回すことも時には必要だ。涙旅はそんな自分を振り返り、みずみずしい感性を蘇らせてくれるトランスフォーマーのような存在だと思う。鬱陶しいことはすべて忘れ、旅先での感動に身をゆだねて思いっきり号泣する。・・・中略・・・。
 さあ、チケットを用意しよう。(p.12)
 人生のリセット、ないし、自分探しに類する目的で旅に出る人って、どのくらいの割合で存在するのだろうか?みずみずしい感性を蘇らせる目的であるなら、やはりそれなりの環境が備わった場所を選ぶべきで、どこでもいいという訳にはいかないだろう。
 で、この本を読んでみても、みずみずしい感性が蘇ったというような場面は非常に少ないのである。むしろ、笑い涙であったり、怒りの涙であったりの記述の方が印象的である。実際の旅はそんなものだろう。

 

 

【シロダーラ】
 シロダーラは温かな薬用オイルをひたいから頭全体にゆっくりとかけていくトリートメント。(p.38)
 最初の変化は足元の発汗だった。つまさきから徐々にもも、腹部と体が温まってくる。それにあわせて体がふわりと軽くなった。誰かに抱きかかえてもらっているような安心感。同時に一気に感情がこみあげ、ぶわっと涙があふれてきた。ダムが決壊したかのように抱え込んでいたあらゆるもの、心の底の方に沈殿していたさまざまなものがすべて押し出されていく。悲しとかうれしいとかとは異なるただ自分の中からこみあげ、あふれでてくる感情。こんなに無防備に泣いたのはいつだったろう。子供のようだった。
 感情はあふれ混乱しているのだけれど、どこか一番深い場所は清明だ。第三の目が心の目だとしたら、シロダーラは確実に私の心を開いてくれた。(p.39)
 シロダーラは、アーユルヴェーダのうちのひとつの技法。
 景色にインスパーアされて涙を流すことを期待するより、このような体験ができるヒーリング・ツアーに行った方が確実かもしれない。
 どこで、これを体験したかと言うと、
 スリランカの首都コロンボから車で2時間ほど南下。ワドゥワと呼ばれる海辺にあるシダレパ・アーユルヴェーダ・ヘルスリゾート。ダイエット、アンチエイジングなど美容に特化したものから整体、ガン対策などシリアスな体質改善をめざすコースが用意されている。(p.36)
 ここのコースは6~27日の滞在型だと書かれている。
 日常の荒々しい波動環境から出るためには、最低でも1週間程度の離陸用助走期間は必要なのだろう。

 

 

【優しい人たちが暮らす国】
 10年程前に初めて台湾を訪れた頃、旅先で出会った私に向ける柔らかい笑みや、温かな対応に感動しっぱなしだった。それは私が日本人だからだと今ならはっきりわかる。
 日本が統治していた歴史がある台湾の人は「親日家」だ。日本人に対する愛情といよりはシンパシーに近いだろうか。通底する共感のようなもの。それは、ほかの国では感じることのない、慈愛溢れる情感だ。(p.40)
 日本人といっても、特に若い日本人女性だから優しいんだろう。
 オッサンやダラしない外見のオニイチャンは、そんなに温かな対応はされないよ。残念でした~~~。
 私が日本から来たとわかるとパッと顔を明るくして「日本の桜を見に行きたいです」。
 「でも、余震もあるし、放射能の問題も出てきたからからねぇ」そうつぶやくと、「大丈夫です。日本は何度も立ち上がってきたと教わってきました。今回も絶対によくなると思います。台湾の人はみんな、そう思っています」。(p.42-43)
 日本の未来にまで信頼を置いてくれるのは、本当にうれしい。
 でも、今、日本を捨てて海外に移住している日本人は凄い数になっている。
 たとえ数日とはいえ、関東圏への観光は絶対にお勧めできませんね。
    《参照》   日本全国に飛散する高濃度の放射能は、あらゆる生物を死滅させてしまう!!

 

 

【涙旅のトモ:MUSIC】
 厳選「泣ける」楽曲セレクトとして10曲が掲載されているけれど、知っている曲が少ないからリンク。
 中島みゆき 「蕎麦屋」    Kiroro 「生きてこそ」
 Mr.Chirdren 「終わりなき旅」    ジェーン・バーキン「Yesterday Yes a Day」
 JUJU 「奇跡を望むなら」    スキマスッチ 「奏(なかで)」
 山下達郎 「希望という名の光」    ルイ・アームストロング「What a Wonderful World」
 キース・ジャレット・トリオ 「My Back Pages」    ボビー・ヴィントン 「Mr.Lonely」 (p.94)
 最後の曲は、『城達也のJET STREAM』という昔のラジオ番組で流れていた主題曲。オジサンやオバサン世代は、みんな若い頃、この曲を聴きながら異空圏へ心を飛ばしていた。

 

 

【泣きたいならヴェニスのレストラン】
 ウェイターを呼びレシートとメニューを指してクレームする。と、恫喝するような口調で早口にイタリア語で言い返してきた。その態度にこの店の悪質さがわかった。これでふっきれた。確信犯的に小バカに「ノー・イタリアン」と返した。
 これにウェイターが激高して私たちのテーブルをこぶしでドスっと打つ。他のテーブルの客が振り返る、「ねぇ、もうやめようよ」。女友達が泣きだした。
「わかった、ここは僕が払うから」
 もうひとりの男友達が伝票通りの現金を出してテーブルに置いた。・・・中略・・・。どうして払っちゃうのよ。・・・中略・・・。
 今もあのレストランがあるかはわからないけれど、ヴェニスというとあのときのウェイターの顔を思い出し、苦い気持ちがよみがえる。(p.98-99)
 ヴェネチアに行けば、誰であれ容赦なくボッタクラレルらしい。そんな経験ができたら、「やっぱヴェネチア、さすがヴェネチア」と思えばいい。まずは、ベニスの実状を知っておくこと。
    《参照》   『イタリアですっごく暮らしたい』 タカコ・半沢・メロジー (ベネッセ)
              【日本人の質問】

 

 

【愛くるしい笑顔の無邪気な子供たち】
 海外旅行中は子どもに要注意だ。・・・中略・・・。愛くるしい笑顔の無邪気な子供たちこそ、最もハードな存在。彼らは人の優しさを糧とする私たち旅行者に旅の本質をつきつける。(p.104)
 子供=無邪気な笑顔という方程式は、残念ながら手前勝手な思い込みである。
 海外で観光客に寄って来る子供たちは、仕事をしているだけ。
   《参照》   『第三の道』 糸川英夫 (CBS/ソニー出版) 《前編》
             【バクシー地獄】
   《参照》   『インパラの朝』 中村安希 (集英社) 《後編》
              【これも現実】

 

 

【涙旅のトモ:BOOKS】
 『シャイニング』 スティーブン・キング (文春文庫)
 『きみに読む物語』 ニコラ・スパークス (ソフトバンク文庫)
 『母をお願い』 申京淑 (集英社文庫)
 『また会う日まで』 ジョン・アーヴィング (新潮社)
 『わたしの旅に何をする』 宮田珠己 (旅行人)  (p.116)
 掲載されている5冊。そのうち読んでみようかと思いつつ、書き出しておいた。
 『わたしの旅に何をする』 は、涙旅ではなく、笑旅のトモである。

 

 

【混浴デビュー】
 ドイツ南西部、フランス国境に近いバーデン・バーデンは古くからの温泉地。(p.122)
 「カラカラ・スパ」と「フリードリッヒ浴場」がある。
 前者は常に水着着用。後者は男女別々の日と混浴の日があると書かれている。
 受付けのおばさんが何やらドイツ語で言う。「?」。今度は英語で「ネイキッド&ミックスド、オーケー?」。ああネイキッドね。でミックスって? え、混浴!? ・・・中略・・・。
 で、体を洗うシャワーからいきなりノックアウト。
 全裸の男女がいっぱい。仕切りは一切なし。クマみたいなおじさんの隣で、ブロンドのおねえさんがあたりまえのように体を洗っている。日本のような奥ゆかしさは皆無。圧倒的な堂々ぶりだ。さまざまな男女のさまざまな部分がプラプラ、ユサユサ、目の前を通っていく。みなさん大胆。サウナではM字開脚でくつろぐおねえさんも。あっけらかんとして感動的ですらある。(p.123-124)
 バーデンは「入浴する」という意味だから、ドイツに行ったことがある人は、多分この浴場のことを知っているのだろう。
 ところが、この後の記述を読んで ?????? である。
 10分も裸の男女の中にいると自分の羞恥心、道徳心といった概念はあっという間に崩壊。途中からは裸族のひとりになってすっかりくつろぐ私。(p.124)
 旅人ステージを上げた気分で思いっきりふやけた無防備な体で次のゾーンへ移動すると。
 アジア人カップルが大浴場にいた・・・。
 私がマッサージしている間に来たのだろう。なんか日本人ぽい。ここで魔法が解けたように羞恥心が一気に戻ってきた。たぶんこっちに気づいたカップルもだ。うわぁ気まずい! ・・・中略・・・。泣く泣く撤退の意思を決めた。(p.125)
 心のブロック(既成概念・文化的思い込みの枷)を取り払ってこそ、初めて本当の「泣ける旅」になるであろうに、その機会に身をおきながら、「泣く泣く撤退」するって、「それじゃあ、全然、意味ないじゃん」とチャンちゃんは思う。
 下記リンクのパンのメッセ―ジに「裸でいることを恐れてはいけない」とあるけれど、これは比喩というだけではない。裸は、着衣(体と外部の境界)を取り払うことでもたらされる心理的効果が実際にあるからこそ、パンは言っているのである。
    《参照》   『魂の伴侶と出会う旅』 ドリーン・バーチュー (クレイヴ出版) 《後編》
              【パンのメッセージ】

 海外でその機会に恵まれている最中にありながら、日本人として刷り込まれた文化的観念に巻き戻されて支配されてしまうのであるなら、わざわざ海外を旅する必要などないだろう。
 単なる経験・体験の積み重ねで、旅人ステージの上昇を語っても意味はない。旅をするなら、魂のステージが上がるような方向での気づきがあってこそだと思っている。
 心のブロックが外れていないと、本当の観光(スピリチュアルな光を観ること)はできない。

 

 
<了>