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 30年ほど前から、『アウト・オン・ア・リム』を始めとする海外のスピリチュアル本を翻訳し続け、日本に精神世界を根づかせる役割を担っていた山川夫妻と、最近、スピリチュアルな世界に登場してきた雲黒斎さんとの対談。
 今日までのスピリチュアル世界の推移状況も語られているから、『アウト・オン・ア・リム』でスピリチュアルに目覚めた方々は、自分のスピ経験をなぞりながら読むこともできるだろう。2015年6月初版。

 

 

【スピリチュアル先進国】
紘矢  当時(80年代)カリフォルニアでは、「石を投げればセミナー会社に当たる」って言われるぐらいでしたからね。すごかったですよ。・・・中略・・・。アメリカでは、スピリチュアルなことに興味を持っている人は日本より多いと思います。
亜希子 多いですね。日本より格段に多いです。
黒斎  そうなんですか!
紘矢  カリフォルニアのエサレン研究所(スピリチュアルの実践などを学べる総合宿泊センター)などへ行ってみてください。素晴らしいです。 (p.48-49)
 この記述に次いで、日本のスピリチュアルは20年遅れていると書かれているけれど、山川夫妻訳の『アウト・オン・ア・リム』が出版されてこれを読んでいた頃、同時に密教的世界に触れていたチャンちゃんは、日本がそんなに遅れていたとは思わない。でも、密教も形骸化されたものを習っていただけだから、深さにおいてマトモだったとは到底言えない。大衆の平均値でいうなら、日本が遅れていたのは間違いないだろう。
 カリフォルニアは、当時も今も世界のスピリチュアルを牽引してきた中核地域のはず。だからこそ、それを阻止したい「闇の支配者」にとっては、ケムトレイル散布の重点地域にもなっていた。
  《参照》  『[UFO宇宙人アセンション] 真実への完全ガイド』ペトル・ホボット×浅川嘉富
         【ケムトレイル対象地域】

 エサレンについては、下記に体験が記述されている。
  《参照》  『ブレイヴ・ガール』リズ山崎(メディアファクトリー)
         【エサレン:感じることを恐れない・・・魂の再生】

 

 

【スピリチュアルとは】
黒斎  現在、この「スピリチュアル」という言葉は、海外の著作などではどういう扱われ方をされているのでしょうか?
紘矢  やはり全部「フー・アム・アイ Who am I ? 」というところに行き着くのだと思いますね。・・・中略・・・。最終的に行き着くところは「幸せになる」ということでしょう?
黒斎  そうですね。
亜希子 結局、私たちが訳す本というのは、アメリカでもちゃんと「 Who am I ? 」がテーマになった本なんですね。
「私は誰か」という本だから、私たちにしてみれば、やはり「自分自身が何者かを深く知っていく」「それを通じて本当の幸せを生きる」ということが、スピリチュアルの本質だということなんですよね。 (p.55)
 チャンちゃんは、学生の頃から「人類進化」という視点でスピリチュアルを辿っていたのだけれど、日本人が人生に重ねて真摯に理解しようとするなら、下記リンクのようになるのかもしれない。
  《参照》  『ネガティブを愛する生き方』伊藤美海(総合法令)《後編》
           【スピリチュアルな生き方】

 

 

【「宗教」と「宗教性(=スピリチュアル)」】
紘矢  レリジョンというのは「宗教」。それもいわゆる「自分とかけ離れたところに神様がいて、教義があって、神様と繋がるためのヒエラルキーがある」というものですが、レリジャス「宗教性」になると、もっとそのエキスみたいなところだと思うんですよ。
 OSHOは「宗教性(religious)は必要だが、宗教(religion)というものはけしからん」と説明しています。僕たちはそこを、「スピリチュアル」と「宗教」という具合に分けています。
亜希子 宗教上の教えよりも、もっと直接的な「神と自分」「大いなるものと自分」とのつながり、あるいは、自分自身がそのおおいなるものの一部である、という理解が「スピリチュアル」なんです。 (p.57) 
 大方の宗教団体は、今でも教祖が出てくるときはヒエラルキー(階層)の頂点にあるかのような扱いで、信者に五体投地させたり最敬礼させたりしているんだろう。スピリチュアルなセミナーでは、教える側と学ぶ側は、普通に挨拶するだけの全く対等な関係である。
  《参照》  『空 天翔ける歓喜の弥栄』Mana(三楽社)《後編》
           【ヒエラルキーの終焉】

 そして、宗教団体はその組織を維持するためにカネ集めが必須事項になるから、御利益を中心に、すべてこの世次元の話に還元されてゆく。つまり「宗教性」のエッセンスである「私=神」であることなど決して話はしないし、仮に話したとしても、そのための実践方法などまず教えたりはしない。本当の「宗教性」に触れたら、「宗教」など必要ないことが分かってしまうからである。
 ところで、上記の中に、OSHOとあるのは、ラジニーシのこと。下記リンクに、ラジニーシの著作から気づきを得たことを書いているけれど、今、既読本の書架を見てみたら、ラジニーシ(和尚)の著作が12冊もあった。読んでいたのはどれも90年代。和尚の著作から「宗教性」を学んでいたのである。
  《参照》  『前世療法』ブライアン・L・ワイス(PHP)
          【精神世界の中心は】

 

 

【判断し否定するのはNG。気づくだけでOK】
黒斎  スピリチュアルに関心のある人って、けっこう真面目な方も多いから、ストイックになりがちですよね。
 でも、あまりストイックな姿勢で取り組むと、「自分を見る」ことが、いつの間にか「自分を監視する」に切り替わってしまうんです。そこで、「こんな反応をしてしまう私は、本当の私じゃない」とか、「こんな自分じゃまだダメだ」などというジャッジメントが始まって、自己否定のループに嵌ってしまします。
亜希子 だから、自分を裁いたり、叱りつけたりすることなく、ただ自分に目を向けて、自分が何をしようとしているのか、とか、普段と違う自分の反応に「気がつく」ことができればいいのです。自己否定の感情は自然となくなっていくから、それ以上は何もする必要はないですよね。
黒斎  そうそう。「気がつく」だけでいい。「気づいたあとに、あれをして、これをして」ということはありませんね。 (p.125)
 スピ系のセミナーやワークに集まる人の中には、確かに真面目そうとういうか、深刻そうな人がいたりする。
 自省的に真面目な日本人は、まず、ジャッジメントを手放すことと、自分自身を許すこと、そして自分自身を知ることの大切さを最初に理解しておかないと、いろんなことをスピで学んでも、無駄な時間を費やすことになってしまう。
  《参照》  『空なる叡智へ』サアラ(ヒカルランド)《後編》
           【2015年はチャンスの年】
  《参照》  『空 舞い降りた神秘の暗号』Mana(三楽舎)
           【究極の闇を祝福する: 最高の無条件の愛】
  《参照》  『空 天翔ける歓喜の弥栄』Mana(三楽社)《前編》
           【自分を観察して知ること!】
           【あなたは観察意識】

 

 

【スピリチュアル・ジプシー】
亜希子 スピリチュアル・ジプシーですけど・・・。しょうがないですよね、これは。・・・中略・・・。びっくりするくらい高額の、ウン百万円もするセミナーに行っている人だっているじゃないですか。でも、「それもいいじゃない」って思う、本当に。・・・中略・・・。
紘矢  それでも僕は、お金のかからないところへ行きたい。
一同  (笑)
紘矢  僕はね、あまりにも高額を要求してくるところは、やっぱりあやしいと思う。僕は絶対に金額の高いところへは行かない。
亜希子 それは私もいつも言っています。だから、私たちの講演会もすごく安い。いまだに1000円とか2000円ですもの。さっき話に出た「モーニングページ」みたいに、自分一人でできることもいっぱいあります。だから、そういうのをやるのがいちばんです。
 それに、いま、時代の方向性としては「奇跡的な何か」ではなく、「ありのままの自分」「素の自分」に戻ることを求め出しているのでしょう?
 「魅力的な人」っていうのは、まさしく「素に戻って生きている人」なのですよね。すると、私たち自身が自分に対してこれまでやってきた精神世界の神髄っていうのは、「素の自分に戻りましょう」「自分にくっついてしまったいろんなものを取っていきましょう」というだけの話ですね。
 それを続けていくうちに、いろいろなことが起こってくるわけです。 (p.136-137)
  《参照》  『地球維新 黄金神起 二十四の瞳』千天の白峰・白山楠竜(明窓出版)《中編》
         【スピリチュアルセミナーによる封印】

 スピリチュアル・ジプシーさんたちは、本当にたくさんいる。おそらく、スピに興味があるのは確かなのだろうけど、本当は身近に愛を感じられるものがないから、それをスピな人々の集まりの中で紛らわせているんじゃないだろうかと思うことが時々ある。
 そして、そんなスピリチュアル・ジプシーの皆さんを鴨葱にして、簡単なワークショップの割にはえらく高額な設定で稼いでいる“凡人にスピな産毛が生えた程度の人たち”や、“小なりとはいえ宗教団体並みの運営”で稼いでいる人々もたくさんいる。スピリチュアル・ジプシー同志、気の合うメンバーが集って互いの経済生活を守るためにやっているんだろうけど、ウルトラ感心しない。
黒斎  スピリチュアル、精神世界を学ばなくても、流れに逆らわずに身を任せて、「素の自分」でいることができたら、状況は自然に整っていくものだと思います。
亜希子 そうですね。そう思います。 (p.155)

 

 

【山川亜希子さんのあとがき】
 私自身の精神世界の旅は、ひたすら自分自身がまとった思い込みや、恐れや、自己卑下を手放していく道でした。それは時間がかかり、ときにはとても苦しい道でした。しかも常に、自分の人生と真剣に向かい合う必要がありました。(p.236)
 一方、雲黒斎さんは、突然、源の世界を一瞥して、そこからすべてが始まったとのことです。これはすごいことだと思いますが、どうも、そのような人が最近はとても増えているような感じです。何かとても新しい風が吹き始めたような、不思議な感覚があります。(p.267)
 地球はいよいよ準備が整って、そろそろ仕上げの段階に入るのかもしれない。2012年以来のここ数年間はピークに向けて上昇過程にあったのだから、黒斎さんのように覚醒した人は少なくないのだろう。今後とも、あらゆる分野で突然変異的に覚醒する人は増えてくるだろう。

 

 

  雲黒斎・著の読書記録

   『山川さん、黒斎さん、いまさらながらスピリチュアルって何ですか?』

   『宙が教える「受け取る」の仕組み』

 

<了>