《前編》 より
【「読む」ことは「学ぶ」こと】
《参照》 『自分を変えてくれる本にめぐり合う技術』 ハイブロー武蔵 (総合法令)
【読書力】
【インターネットは学びのための図書館】
読むといっても、本を「読む」という意味だけではない。英語では、何かを専攻することを、「読む」(read)と表現することがあるのだ。(p.106)
「読む」ことで学ぶということは、あまりにも当たり前の真実であるようにも思われる。一方、英語の表現では「読む」が「専攻する」という意味でも使われるという事実に接すると、「読む」事に対する新鮮な畏敬の念に満たされる。(p.107)
耳学問でも確かに学べるけれど、深く「学ぶ」にはやっぱり「読む」ことが必要だろう。「読む」ことで学ぶということは、あまりにも当たり前の真実であるようにも思われる。一方、英語の表現では「読む」が「専攻する」という意味でも使われるという事実に接すると、「読む」事に対する新鮮な畏敬の念に満たされる。(p.107)
《参照》 『自分を変えてくれる本にめぐり合う技術』 ハイブロー武蔵 (総合法令)
【読書力】
今や、最高学府の学問を修めるのに、東京大学やハーバード大学に行く必要はない。「最高学府」は、インターネット上にある。「入試のない世界」は多くの人にとって夢であたかもしれないが、もうすでに実現している。ただ、「読む」覚悟があれば足りるのである。
手元にある一冊の本を近くの喫茶店で読むことからでもよい。「読む」ことのよろこびを見直してみようではないか。(p.109)
《参照》 『天才論』 茂木健一郎 (朝日新聞社)手元にある一冊の本を近くの喫茶店で読むことからでもよい。「読む」ことのよろこびを見直してみようではないか。(p.109)
【インターネットは学びのための図書館】
【うひ山ぶみ】
これを踏まえて、脳科学者である茂木さんは以下のように言う。
「そんなの難し過ぎる~~~、できっこないぃ~~~、やだぁ~~」 ではなく、
「そんなの難し過ぎる~~~、やばすぎぃ~~~、だから、やるぅ~~」 でなきゃ。
江戸時代の国学者本居宣長が学問の心得を記した『うひ山ぶみ』の中には、「いかならむ うひ山ぶみの あさごろも 浅きすそ野の しるべばかりも」という有名な和歌がある。「うひ山ぶみ」(初山ぶみ)とは、修行のために初めて山に入ることを指す。「どうであろうか、初山踏みをする人が身につける麻の衣のように、この本が、学問を始める人が歩く裾野の、道しるべになってくれればよいのだけれども」というような意味である。(p.111)
『うひ山ぶみ』は、何かに初めて挑戦することを意味している。これを踏まえて、脳科学者である茂木さんは以下のように言う。
呆然とするほど新しいことに挑戦することが脳に良いことはわかっている。理論でわかっているんだから、あとは実行するだけである。
「うい山ぶみ」は、一生のうちに何回もできる。だから人生は素晴らしい。(p.114)
脳に良いことをしようとするのなら、できるだけ高~~~いハードルの方が良いと言っている。「うい山ぶみ」は、一生のうちに何回もできる。だから人生は素晴らしい。(p.114)
「そんなの難し過ぎる~~~、できっこないぃ~~~、やだぁ~~」 ではなく、
「そんなの難し過ぎる~~~、やばすぎぃ~~~、だから、やるぅ~~」 でなきゃ。
【「たき火」による「癒やし」】
村上春樹の作品に「焚き火」を扱ったものがあるけれど、「焚き火」が人間を「癒やす」のは、物質界にありながら非物質的な「焚き火」は、物質よりも周波数が高く、かつ自由な挙動を示すが故に、もともと非物質である魂に対して、無意識層を通じて自由を語りかける波動を有しているからだろう。つまり焚き火は、深層意識や潜在意識を励起する引き金になっているからである。
《参照》 『神の子どもたちはみな踊る』 村上春樹 新潮社
【焚き火】
【焚き火が消えたら、寒くなっていやでも目が覚める】
脳の働きから見ると、「癒やし」とは「全体性を回復すること」である。・・・中略・・・。そんな視点から見ると、たき火をするということは、現代人にとって最高の「癒やし」の効果をもたらすはずである。・・・中略・・・。現代の都会の文明生活に欠けているありとあらゆる「魂の栄養素」が、たき火の中にある。
たき火は、「脳の全体性を回復」し、「魂の栄養素となっている」とあるけれど、その論理的根拠は何も記述されていない。村上春樹の作品に「焚き火」を扱ったものがあるけれど、「焚き火」が人間を「癒やす」のは、物質界にありながら非物質的な「焚き火」は、物質よりも周波数が高く、かつ自由な挙動を示すが故に、もともと非物質である魂に対して、無意識層を通じて自由を語りかける波動を有しているからだろう。つまり焚き火は、深層意識や潜在意識を励起する引き金になっているからである。
《参照》 『神の子どもたちはみな踊る』 村上春樹 新潮社
【焚き火】
【焚き火が消えたら、寒くなっていやでも目が覚める】
【日本とロシアの共通点】
《参照》 『司書はふたたび魔女になる』 大島真理 (郵研社)
【ファーストフード的読書】
下記リンクは未来小説として描かれているものだけれど、日本とロシアは近未来において友好国になれる可能性が高いだろう。
《参照》 『地球維新 黄金神起 二十四の瞳』 千天の白峰・白山楠竜 (明窓出版) 《後編》
【新生ロシア】
いろいろな意味で島国日本とは違うロシアだが、一方で何とも言えない懐かしさ、親近感を覚えた。その大きな理由は、「ヨーロッパへの憧れ」という共通点にあると私は思った。・・・中略・・・。
ヨーロッパ文明への憧憬とともに、自らのルーツも忘れられない。そこから生まれる矛盾や葛藤に悩む。そんなロシアの姿は、明治以降の日本に似ている。・・・中略・・・。アメリカ文化への憧れと反発が大きな意味を持つ戦後の日本から生まれた村上春樹氏の文学が、ロシアで熱烈な人気を得ているのも肯ける。(p.206)
ロシアがヨーロッパに憧れていたという事実は、下記リンクで言及されている小説『戦争と平和』の内容から見て取れる。ヨーロッパ文明への憧憬とともに、自らのルーツも忘れられない。そこから生まれる矛盾や葛藤に悩む。そんなロシアの姿は、明治以降の日本に似ている。・・・中略・・・。アメリカ文化への憧れと反発が大きな意味を持つ戦後の日本から生まれた村上春樹氏の文学が、ロシアで熱烈な人気を得ているのも肯ける。(p.206)
《参照》 『司書はふたたび魔女になる』 大島真理 (郵研社)
【ファーストフード的読書】
ヨーロッパ文化への憧れと、それを自らの内側に取り込みたいという欲望。そのような指向性がいかにも大国らしいスケールの大きさと目を覆う華麗さで結実したのが、世界的に有名なエルミタージュ美術館である。・・・中略・・・。エルミタージュ美術館の誇りは、収蔵されている作品が「合法的」に購入されたものばかりという点にあると強調する。(p.207-208)
大抵のヨーロッパの博物館や美術館には、エジプトや中東地域からの略奪品が展示されているんだけれど、大国ロシアの美術館は、合法的に購入されたものばかりというのは、非常に素晴らしいことである。下記リンクは未来小説として描かれているものだけれど、日本とロシアは近未来において友好国になれる可能性が高いだろう。
《参照》 『地球維新 黄金神起 二十四の瞳』 千天の白峰・白山楠竜 (明窓出版) 《後編》
【新生ロシア】
【モーツァルトに見る「魂の錬金術」】
《参照》 『ネガティブを愛する生き方』 伊藤美海 (総合法令) 《前編》
【陰陽を表現し味わう】
だからこそ「魂の錬金術」は重要な手法である。
破壊と創造はいつだってペアでなければ進まない。
ネガティブな感情を、既存の音楽という構造物を破壊し、新たな自分なりの構造物を立てるための地均し用のエネルギーとして使っていたのかもしれない。
個人的な悲嘆が、その作品に一切影響を落とさない。これが表現者としてのモーツァルトの最大の特徴である。
モーツァルトの生涯は決して恵まれたものではなかった。何度も職探しの旅に出て、そして失敗した。借金にまみれ、生活のために作曲を続けた。・・・中略・・・。それでも、モーツァルトは、あくまでも明るい曲を書き続けた。これは、一つのうるわしき奇跡である。(p.218)
へぇ~、そんなに恵まれない生涯だったとは・・・
モーツァルトの生涯は決して恵まれたものではなかった。何度も職探しの旅に出て、そして失敗した。借金にまみれ、生活のために作曲を続けた。・・・中略・・・。それでも、モーツァルトは、あくまでも明るい曲を書き続けた。これは、一つのうるわしき奇跡である。(p.218)
否定的な感情が全くないほうがよいというわけではない。脳の中の感情の「エコロジー」では、否定的なものも肯定的なものもすべて感情にそれなりの意味がある。いたずらに否定的な感情を消し去ってしまおうとすることは、一番大切な「生命力」が失われる結果になりかねない。
その一方で、ネガティブな感情をそのまま表出してしまうことは、本人にとっても不幸であるし、世間にとっても迷惑になる。否定的な感情のエネルギーを、肯定的な感情に変える。そのような「魂の錬金術」が求められるゆえんである。 (p.218)
良い子、良い人であろうとするあまり、否定的な感情を押さえつけ、それがために内圧が増加して本当に病気になってしまっている人々はたくさんいる。そのような人々は“陰陽の統合”が必要。その一方で、ネガティブな感情をそのまま表出してしまうことは、本人にとっても不幸であるし、世間にとっても迷惑になる。否定的な感情のエネルギーを、肯定的な感情に変える。そのような「魂の錬金術」が求められるゆえんである。 (p.218)
《参照》 『ネガティブを愛する生き方』 伊藤美海 (総合法令) 《前編》
【陰陽を表現し味わう】
だからこそ「魂の錬金術」は重要な手法である。
モーツァルトは、いかに「白魔術師」となったか。美しいものや、愛すべきものを大切にするというその人格が、大きな役割を果たしたことは疑いない。音楽は良いが台本はいい加減だと揶揄されることの多いモーツァルトだが、実際その作品は一貫して人類愛に満ちている。(p.219)
この記述だけでは、ネガとポジに関する「魂の錬金術」のメカニズムがよく分からないけれど、モーツァルトの中にも悲嘆や怒りといったネガティブな感情は当然あって、それをそのまま現実界に表出するのではなく、その存在を認めた上で、「創造のエネルギー」として、美しいものや、愛すべきものや、人類愛を表現するために使ったということだろう。破壊と創造はいつだってペアでなければ進まない。
ネガティブな感情を、既存の音楽という構造物を破壊し、新たな自分なりの構造物を立てるための地均し用のエネルギーとして使っていたのかもしれない。
【不安なときの駆け込み先】
吉田都さんというバレリーナさんのお話し。
【没入、忘我で顕現する動中の静】
吉田都さんというバレリーナさんのお話し。
ロンドンに留学したばかりの吉田さんは、コンプレックスのかたまりだったという。周囲のイギリス人たちは、手足がすらりと長く、バレエ向きの姿をしている。それに比べて、自分はどうしてこんなに醜いのだろうと、練習場で鏡に映った姿を見るのもイヤなくらいだったと吉田さんは言う。
ステップや回転などの技術には定評があった吉田さんだが、芸術的な表現の力においては、周囲に比べて見劣りしているという意識もあったという。そのような様々な困難の中で、吉田さんがロイヤル・バレエのプリンシパルになるほどの評価を得るまでに踊りを磨くことができたのは、当たり前のようだが、ひたすら練習を続けたからだと言う。・・・中略・・・。
吉田さんの凄さは、自分の姿形や表現力に迷いを感じた時に、「バレエ」という課題そのものの中に逃げ込んだことにあった。不安を感じている自分自身を忘れるために、練習の中に逃げ込んで、ひたすら没入する。周囲が驚くほどの猛練習で、吉田さんはその卓越した技術にさらに磨きをかけ、素晴らしい表現力を身につけた。(p.227-228)
自分の欠点や課題をメタ認知することは大事であるが、本当に魂を鍛えてくれるのは、自分が課題と区別できないような形で一体化する「没我」の時間である。
吉田さんは、生きていることの全てが舞台に繋がっていく、まるでバレエの神様に魅入られたような人だった。どんな困難があっても、課題になることと一体化するくらいに取り組めば、きっと神様は微笑んでくれる。(p.229)
《参照》 『こんな恋愛論もある』 深見東州 たちばな出版ステップや回転などの技術には定評があった吉田さんだが、芸術的な表現の力においては、周囲に比べて見劣りしているという意識もあったという。そのような様々な困難の中で、吉田さんがロイヤル・バレエのプリンシパルになるほどの評価を得るまでに踊りを磨くことができたのは、当たり前のようだが、ひたすら練習を続けたからだと言う。・・・中略・・・。
吉田さんの凄さは、自分の姿形や表現力に迷いを感じた時に、「バレエ」という課題そのものの中に逃げ込んだことにあった。不安を感じている自分自身を忘れるために、練習の中に逃げ込んで、ひたすら没入する。周囲が驚くほどの猛練習で、吉田さんはその卓越した技術にさらに磨きをかけ、素晴らしい表現力を身につけた。(p.227-228)
自分の欠点や課題をメタ認知することは大事であるが、本当に魂を鍛えてくれるのは、自分が課題と区別できないような形で一体化する「没我」の時間である。
吉田さんは、生きていることの全てが舞台に繋がっていく、まるでバレエの神様に魅入られたような人だった。どんな困難があっても、課題になることと一体化するくらいに取り組めば、きっと神様は微笑んでくれる。(p.229)
【没入、忘我で顕現する動中の静】
<了>