イメージ 1

 鹿島さんはフランス文学者。フランスに関して意外な話がいくつも語られている。2003年4月初版。

 

 

【パンツ本】
鹿島 フランスでは、パンツと本が深い仲だった時期があるんですよ。パンツ回収のおじさん、というのがいた。 ・・・(中略)・・・ 。なぜそんな変態丸出しみたいなことをやっていたかというと、リンネルが必要だったからです。穿き古したリンネルで作る紙が、当時は最高だったんです。 ・・・(中略)・・・ 19世紀の中ごろまで、上等な紙はリンネルからしかできなかった。パルプから本を作るようになる以前は、リンネルの繊維をバラして紙にしていたんです。
井上 じゃ、昔の本は、それこそパンツ本ですね。
鹿島 高級な本はみんな、パンツ本です。(p.25)
 羊皮紙本と紙本の間に、なんとパンツ本!があった。
   《参照》   『世界古本探しの旅』 荻野アンナ他 (朝日新聞社)
             【官能的な本とのつきあいが、真の愛書家を作る?】

 

 

【井上馨も伊藤博文も・・】
鹿島 お妾さんはともかくとして当時の芸者は地位が高かったんですよ。井上馨も伊藤博文も、みんな、奥さんは芸者上りですからね。あの当時、ちゃんと社交ができて、文化を担っていた女性は、芸者だったんです。一方、明治の元勲は、薩長の下級武士でしょう。文化の蓄積者だった江戸の侍が全員没落してしまった。その後にできた田舎者の政権ですよね。だから、そこにひとつの段差が生まれたわけです。
井上 旧旗本の娘を妾にすることが、征服者のサディズムをくすぐるということはあったと思いますね。(p.44)
   《参照》   『美人のお作法』 友常貴仁 (インデックス・コミュニケーションズ)
             【祇園の芸妓さん】

 

 

【男の「この世の天国」2号店】
鹿島 ありとあらゆる、男の「この世の天国」みたいなのをやったのが、スファンクスとワントゥトゥで、第二次大戦まで、世界中にその評判が轟いていた。それで、このパリ一号店に続いて、二号店が出たのは、どこの国だと思います?
井上 はて・・・・
鹿島 ニューヨークでもロンドンでもない。アルゼンチンのブエノスアイレスだったんです。 ・・・(中略)・・・。南米って、富が遍在する国だから、南米の大金持ちはみんなパリで遊ぶわけ。パリでいい教育を受けさせるというのが表向きなんですが、彼らはスケベもしっかり学んで、「わが国にもこういうのが欲しい」。(p.49)
 アルゼンチン人に会ったら、褒めてやろう。「さすが、有るぜんチン」って。

 

 

【学生運動と性の解放の関係】
井上 青年の政治運動を、治安上困ったことだと考えて、その対策として風俗営業取締法をちょっと緩めたというのですか? 適当な値段で、女の子に触れる店さえできれば、若い男はデモに行かなくなる。で、風俗営業が開放されていった70年代以降は、若者の政治運動が、実際に下火になっていった・・・。
鹿島 その通り。そういう治安対策の動向と性の解放とは、かなり関係があるんです。風俗産業が繁栄したり衰退したりするのを見ると、必ず左翼運動への統制が強まったり弱まったりするのと連動しているんです。(p.96)
 1Sでもそんなに効果があるのに、今は完全に3S(sex sports screen)が行き渡っているから、世界中の若者は政治になんか殆ど興味を持たなくなっているのである。だから世界は同時進行でどんどん格差が進んで行く。「闇の支配者」たちの思う壺である。

 

 

【フランスはキス後進国だった!】
鹿島 プロテスタンティズムの影響については、面白い話があります。キスの話です。・・・(中略)・・・。19世紀前半までは、フランスで男女が人前でキスをするなんて、とんでもないことだったんです。・・・(中略)・・・ 。
井上 あのフランスが、キス後進国だったんですか・・・。
鹿島 なぜこういうことになったかというと、プロテスタントとカトリックの貞操観念の違いなんです。カトリックは、人間はしょせん弱いものである。誘惑にすぐ負けてしまう、だから制度でゴリゴリに縛ってしまえ、物理的にも縛ってしまえ、という考え方。一方、プロテスタントは、神様は一人一人の心の中におられるから、心を鍛えれば肉体の安全も守られるという主義。だから、娘や息子を正しく教育していれば、若い男女を野放しにしても大丈夫と考える。(p.128-129)
 フランスはカトリック故にキス後進国だったということになる。だったら、イタリアなんてもっとキス後進国だったということになるけれど、にわかには信じ難い気がする。イタリアのことは全く言及されていない。
鹿島 明治時代に日本に輸入されたキリスト教は、ほとんどがプロテスタントだったでしょう。 ・・・(中略)・・・。内田魯庵の『思い出す人々』によると、明治10年代は井上馨の鹿鳴館が先頭に立って、男女交際を奨励したものだから、若い男女が一気に自由恋愛に目覚めちゃって、大変だったそうです。(p.130)
 へぇ~、なんか・・ちょっと意外な感じ。

 

 

【ソバ屋の二階】
井上 ソバ屋の二階に該当するようなものはないのでしょうか。
鹿島 あります。料亭の個室です。下はレストランなんだけど、二階が個室になっていて、そこにはちゃんとディヴィアンという長椅子が置いてある。まあ、椿姫みたいな人と一緒に行くところですね。
井上 これで意を強くした。ソバ屋の二階は日本の特例ではなく、国際標準に適ったものなんですね。
鹿島 よくあることです。高級レストランでない場合は、料理屋が旅館も兼ねていることも多かったですからね。料理屋に娼婦がいて、成約すれば二階に上がっていく。(p.139-140)
   《参照》   『女のいない世の中なんて』 薮田貫 (フォーラム・A)
             【飯盛女】

 

 

【おっさんにとっては、ありがたい世の中?】
 井上さんが書いている「あとがき」
 鹿島さんは、若い男たちがひ弱になったことを、なげかれる。 ・・・(中略)・・・ 。意外と国士でいらっしゃるのだなと思う。私なんか、そういうふうに発想がむかわない。若い男が去勢化されているのなら、けっこうなことだと、そう考える。なにしろ、女性争奪戦の敵が、そのぶんへるのである。おっさんにとっては、ありがたい世の中じゃあないか。この趨勢は、むしろ歓迎しなければならない・・・。(p.180-181)
 真面目に,だからこそやや眉をひそめつつ読んでいたら、「なんだ、冗談半分にせよ、おっさんの思い入れか・・」で、カクッって感じである。
 世の中の実相を知るためにこの手の人文系図書を息抜きを兼ねて読むけれど、全ての人間がH好きと思い込むのは馬鹿げている。風俗産業に入れ込む人の割合はいつの時代も大体同じ割合だと、どこかのページに書かれていた。その割合はおそらく3割以下だろう。そしてその割合は、宇宙規模のサイクル変動に応じて、近年は漸次というより急速に低下しつつある。
 この本に書かれているのは、地上の過去数百年程度の文化的事象をもとにしたものばかりだけれど、人類に影響を及ぼす宇宙物理学と脳科学と生物学がリンクした視点で「性」が語られるようになるなら、その時、人類の「性」に関する認識は、新しい段階にステップアップしているはずである。

 

 

<了>
 

  鹿島茂・著の読書記録

     『セックスレス亡国論』

     『破天荒に生きる』

     『ぼくたち、Hを勉強しています』