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 既読本の書架から取り出した一冊。1980年代以降に流行ったニューエイジ・ニューサイエンス系著作のひとつ。97年2月初版。

 

 

【「まえがき」に書かれていること】
「人類の意識は目覚め始めている!」

 それがいったいなにを意味するのかは、まだまだ判然としないのだが、人類史上かつてなかったような、とてつもないことが起こりそうな予感がする。その手始めとして、ニュートン以来3百年間の近代科学による呪縛が、いままさに解けようとしている。
 そして、その変革の予感を共有する人々の輪が急速に広まっている。(p.1)
 ニューエイジといわれた当時の意識は、つい先頃まで、2012年の年末(冬至)に収斂するアセンション問題として、継承されていたのだろう。
 個人的には、人類の意識の目覚めは、これからが本番だと思っている。世界の平和基調が揺るぎないものとなれば、世界人類の意識の目覚めは急速に進むんじゃないだろうか。

 

 

【「想念の力」を活用するアボリジニ】
 当時流行った『ミュータント・メッセージ』の内容について、
 アボリジニたちは、すべてを「想念の力」にゆだねており、それが裏切られることはない、というのだ。(p.48)
 ほんとうは、全ての人類が、宇宙のメッセージを受け取り、「想念の力」を実現し、テレパシーで交信し、自然と一体となって、貪らずに豊かに暮らしていけるはずだ。(p.49)
 アボリジニが用いている「想念の力」って、はたして本当に有効なのだろうか? という疑問が生ずるけれど、アメリカ流成功哲学は、「想念の力」を積極的に利用しようとする。

 

 

【「想念の力」を利用するアメリカ流成功哲学】
 「想念の力」というのは、私にとってはけっして新しい言葉ではない。知識としては、昔から知ってはいたし、遊びとしては実体験もあった。
 仏教にもそういう記述がある。また、ヒンドゥー教の「ヴェーダ哲学」には、かなり具体的に書いてある。

 この「ヴェーダ哲学」がアメリカに渡り、アメリカ流成功哲学のテクニックになった。精神的な深さを探求する、というよりは、「いかにして有名になるか」、「いかにして億万長者になるか」という技法に変質した。
 これが、アメリカン・ドリームの実現を夢見る多くの人の心をとらえ、今日でも多くの人々が実践している。
 ・・・(中略)・・・ 。
 たとえば、金持ちになりたかったら、思いっきり着飾って、超一流のレストランで食事をしなさい、といった類のノウハウだ。 ・・・(中略)・・・ すると、いつの間にか、ほんとうに毎日そういう生活をするようになっていく、という。
 そんなことは、「ヴェーダ哲学」には書いてない。これは、あきらかにアメリカ人の創作だろう。
 だいいち、仏教やヒンドゥー教、そしておそらくはキリスト教でも同じだと思うが、「金持ちになりたい」とか、「有名になりたい」とかの世俗的な欲望、仏教的にいえば「煩悩」は、人間の苦しみを増すだけで、少しも幸福をもたらさない、と教えている。「魂の進化」、「悟りへの道」とは、逆方向だというのだ。
 だから、「アメリカ流成功哲学」は、わざわざ煩悩の火が燃えさかる方向、つまり自分を不幸にする方法論だということになってしまう。(p,54-56)
 アボリジニは、「想念の力」を使えば“自然と一体となって、貪らずに豊かに暮らしていける”と言っている。それに対して、アメリカ流成功哲学は、“自然と一体”という条件も、“貪らずに豊かに暮らして”という但し書きもない。つまり「欲望(煩悩)」全開の恣意的な流用であって、「魂の進化」、「悟りへの道」というベクトル化は全くされていない。
   《参照》   『宇宙パラレルワールドの超しくみ』 サアラ (ヒカルランド) 《中編》
            【これからは、成功哲学が通用しなくなる】

 

 

【無念無想への導入法】
 瞑想の大敵は「雑念」だ。
 本来なら「無念無想」に向かわなくてはいけないのに、いろいろな考えが次々に浮かんでしまう。・・・(中略)・・・。
 マントラを使うということは、脳の中の言語中枢や発声を担当する部分を忙しくさせる。
 イメージを使う瞑想だと、視覚中枢を忙しくさせるが、原理的には同じだ。
 ただし、マントラを唱えていたり、イメージを浮かべている状態は、無念無想とはほど遠い。雑念との違いは、意識がコントロールされているかどうかだけだ。雑念のように、手放しになっているときより、コントロールされている時のほうが、無念無想に移行しやすい。(p.93)
 目的はそういうことだから、意味不明な梵語のマントラであっていいことになる。イメージを用いる瞑想法の代表は、梵字を種字として用いる「阿字観」のようなもの。
 瞑想の行法を指示されても、意味がわからないと実践できないという頭でっかちの人には、この様な目的と意味があることをキチンと教えてあげないといけない。
 瞑想が深まってくれば口で発していたマントラは、心の中で唱えるだけになるけれど、このような状態であっても、録音テープに波動はこもるという。つまり、後に別の場所でこの録音テープを用いれば、耳に聞こえない波動として共鳴を引き起こし得るとうこと。

 

 

【「暗在系」=「(集合的)無意識」=「あの世」】
 ―― ひょっとすると、ボームの「暗在系」と、ユングの「集合的無意識」は、同じことを言っているのではないだろうか? ――
 「これは、ちょっと考えると、とてつもなくかけ離れた概念です」
 ・・・(中略)・・・ 。
 でも、よく調べてみると、両者には驚くほどの共通点があり、私は両方をひっくるめて「あの世」と呼ぶことにした。(p.124)
 この内容は以前書き出しているけれど、このように理解しておけば、いろんな本を読むときに、自分の好みの概念に置き換えて読むことで理解しやすくなるだろう。
   《参照》   『宇宙の神秘 誕生の科学』 天外伺朗 (PHP研究所)
             【「暗在系」 と 「集合的無意識」】

 

 

【直接的に「あの世」から習得する】
 「無意識」というのは「あの世」であり、前に言ったように、「この世」のあらゆる情報が、過去だけではなく、未来の分まで含めてたたみ込まれている。
 したがって、「意識」と「無意識」のギャップがなくなり、自由に「あの世」の情報にアクセスできるようになれば、なんでもわかってしまうはずだ。
 つまり、知識や情報は、学校に入ったり、本を読んだり、人の話を聞いたりして得るだけでなく、より直接的に「あの世」から習得する方法もあるのだ。

 「ねじり鉢巻きで勉強して、東大に入るより、今日みたいに座禅をしたり瞑想をしているほうが、よほど知識はゆたかになるかもしれませんよ(笑)」 (p.128)
 人類より科学的に遥かに進化した文明は、勿論のこと「あの世」の領域を解明し切って活用しているから、人類がそのような進化した文明から高度な科学技術を手に入れる場合も、「あの世」=「無意識」経由である。
 具体的には、欲心のない科学者の「無意識」に、テレパシーとして与えられている。
   《参照》   『アセンションはもう始まっています』 田村珠芳 (風雲社)
             【日本の使命】

 

 

【人間が波動を上げ続けると・・・】
 『聖なる予言』 のなかに、こういう記述がある。

 ―― 人間が波動を上げ続けると、そのグループ全体が突然、それよりも低いレベルで振動している人々からは、見えなくなってしまう ―― (p.201)

 この本を読んでいると、しだいにその気になってくる。いつか人類は、「この世」を去るとき、みにくい遺体をさらさずに、煙のように消え去る日がくるのだろうか。(p202)
 本格的なアセンションが生じた場合は、この記述のとおりなのだろうけど、徐々にアセンションする場合は、以下の記述にあるような「光り輝いて見える」という高次化なのだろう。
   《参照》   『バシャール×坂本政道』 ダリル・アンカ/坂本政道 (VOICE) 《前編》
             【密度と振動数】
             【第4密度】
 

 

<了>
 
 

  天外伺朗・著の読書記録

     『意識学の夜明け』

     『深美意識の時代へ』

     『宇宙の神秘 誕生の科学』

     『運命の法則』

     『心の時代を読み解く』