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 これも 『本の歴史』 ブリュノ・ブラセル (創元社) と同様に、図書館の展示コーナーにあった本。
 7名の方々が、6カ国11都市にあるいくつもの古書店を訪ねた様子が書かれている。1998年5月初版。

 

 

【官能的な本とのつきあいが、真の愛書家を作る?】
 フランスの作家やフランス文学の系譜にある日本人作家の作品の中にある、 “官能的な表現” の意味不明性について、長いこと解せなかったのであるけれど、この本を読んでいてやや謎が解けたように思う。
   《参照》   『セルフポートレート』  ジャン=フィリップ・トゥーサン  集英社
             【官能とメランコリック】

 羊皮紙に書写して書籍が作られていた時代の世界の文芸の中心は、フランスのパリ、カルチェ・ラタンであった。15世紀中頃の印刷術の発展以降、羊皮紙は役割を終えたものと思っていけれど、保存性と耐水性に優れているので19世紀になっても羊皮紙は依然として使われていたという。「紙の一般化は第二帝政からです」 と書かれている。第二帝政は19世紀中頃である。
 「博物館に入ってしまうと、誰も触れないでしょ。審美眼を養うやめには、触ったほうがいいんです」
 その後、何軒もの本やで、同じセリフを耳にすることになる。見て、触ることの大切さ。対象を皮膚レベルで理解する、官能的な本とのつきあいが、真の愛書家を作る。(p.18)
 フランス人の真の愛書家にとって、書物は純粋に読むだけのものではなかったということらしい。つまり、羊皮紙に触れる皮膚感覚を、活字にまで反映したがっていたのだろう。

 

 

【古書とはエロティックなもの】
 上記の書き出しはパリを取材した方の記事からであるけれど、下記の書き出しは南仏ニースを取材した方の記事。もっと明瞭に同じことが書かれている。
 このごろの客は本のテキストそのものより、装丁とかイラストとか、オブジェとしての側面に価値を置きすぎると嘆いていたが、それも古書の魅力であることは否定できないであろう。素晴らしい装丁は目で愛で、手で触れ、飽きることがない。素人の私でも、この世界を彷徨するうちに、古書の魅力というのがインテリジェンスのみならず、五官のそれぞれを刺激する、意外にエロティックなものであることを徐々に理解するようになっていった。(p.115)
 ヨーロッパ文化の中心であると自負していたフランス人にとって、知性と感性の境界は、羊皮紙の皮膚感覚によって媒介され、曖昧なものというよりは枢要なものとして昇華され感受されていたのであろう。

 

 

【余白は何のため?】
 (古書店主は)書物の余白は何のためにあると思うかね、とこちらの眼を覗き込むようにして訊ねたりする。まちがっても 〈余白は読むためにある〉 などと答えてはいけないことは察しがついたから、恐るおそる 〈親指のためにあるのでは〉 と応えてみると、大きな瞳に満足そうな光が浮かんだ。(p.138)
 羊皮紙の本なんてどれも大きかったのであろうし、紙質も固くしっかり指で押さえる必要があったのだろう。
 この本自体も頁の上下に7cmほどのたいそうな余白があり、まさに羊皮紙時代の古書のレイアウトを踏襲して作られているらしい。

 

 

【イギリス人のミステリー好き】
 ミステリー読者の70パーセントは女性なので、それを意識した本づくりをしなければならないこと、 ・・・(中略)・・・ 。 「それにしても、イギリス人はどうしてこれほどミステリーが好きなんですかね」 ときいたら、「ブリティッシュ・メンタリティーです」 との返事。この言葉は日本語に直せば 「イギリス気質」 だが、誇りをこめて使われるそうである。(p.38)
 そういえば、ロンドンのセント・マーティンズ劇場のドレスサークル席で、ロングラン記録更新中というアガサ・クリスティーの 「マウス・トラップ」 を見たことがあるのを思い出した。アルバムをひっくりかして見たら、48年目で19709回目の上演だった。週末2回上演で毎日続けていなければこの回数にはならない。これを観たのは2000年のことだから、現在も続いているなら24000回程度になっているのだろう。
 帰国してから 『ネズミ捕り』 の文庫を買って読もうと思ったけれど、まだ読んでいない。内田康生のミステリーを何冊か読んだことがあるだけで、私はミステリー・フリークではないのである。だから 「ブリティッシュ・メンタリティー」 がいまいちよくわからない。

 

 

【知の職人の矜持】
 ロテル氏は 「古本屋(ブキニスト)」 の一言で、瞬間湯沸器と化した。「法廷エキスパート」 の自分を、古本屋と一緒にしてくれるな。30分は雷が鳴りつづけた。
  ・・・(中略)・・・ 。
 「全国で法廷エキスパートが9人、エキスパートが40人、それからカタログを作る良心的な店、その下がどうでもいい店、そのまた下が古本屋」
 序列はあるが、学校もなければ免状もない。時間をかけて経験を積み、審美眼を養い、信用を築いていく。知の職人の矜持を、氏の言葉の端々に感じた。(p.26)
 こんなオジさん、フランスにはいかにもいそうな気がする。
 日本に古本関連の 「法廷エキスパート」 なんていないだろう。フランスで古書を探す人は、日本の感覚で安易に 「古本屋」 なんて言わないように気をつけないと・・・ね。

 

 

【ドイツで有名な絵本】
 入ったところにドイツ人ならだれでも知っている 「いたずらペーター」 の絵本と、・・・(中略)・・・ 。
 なにしろ美しい当主のクリスティーネさんがいて、書棚にはどっさり、とびきりの本がある。クリスティーネ・プレスラー(現グラハマー)さんは児童文学の世界で有名だ。ドイツの絵本の著作についての大きな著書がある。バイエルンの歴史、政治、地誌で知られたヴェルフレを、児童文学書の一つのセンターにしたのは、この女性の力である。(p.83)
 「いたずらペーター」 の絵本って、古書ではないのだろうけれど、ドイツ人にかかわる基本図書としてメモしておいた。

 

 

【古書のお得意さん】
 ギリェルモのお得意さんもやはり世界の大学図書館のようだ。何年か前に日本でフェアを開いたけれど、結果は散々だったと彼は言う。ことによると愛想が悪いのはそのせいかもしれない。(p.99)
 これはスペインのマドリードの古書店を訪ねた方の記述であるけれど、これが唯一の例外である。他の都市の古書店では、日本人の顧客は上得意客として大切にされているらしい。きっと渡部昇一先生のような方々が、ヨーロッパの古書を価格にこだわらずにたくさん購入し収集しておられるのだろう。
 
 
<了>