《前編》 より
【「新しい脳」のつくり方トレーニング】
3つのステップが記述されている。
スッテプ③について、
3つのステップが記述されている。
ステップ①リラックス状態を簡単につくるトレーニング
ステップ②抽象度を上げるトレーニング
ステップ③共感覚をつくるトレーニング (p.131)
ステップ①と②の概要は、既に上述したとおり。ステップ②抽象度を上げるトレーニング
ステップ③共感覚をつくるトレーニング (p.131)
スッテプ③について、
「新しい脳」とは、IQの高い思考のできる脳のことです。
第一章でも述べましたが、IQが高い状態というのは、
「いかに触れられない世界を自分の体で触っているかのように感じられ、操作できるか」
なのです。単に高い抽象度の世界を理解できるというレベルではありません、その世界をまるで今、目の前にある世界のように手で触れ、舌で味わい、体で感じ、操作できるのがIQです。
ですから、ステップ③は、ステップ②でつくった抽象度の高い世界を「手で触れ」「舌で味わい」「体で感じる」ことができるようにするトレーニングです。(p.137-138)
第一章でも述べましたが、IQが高い状態というのは、
「いかに触れられない世界を自分の体で触っているかのように感じられ、操作できるか」
なのです。単に高い抽象度の世界を理解できるというレベルではありません、その世界をまるで今、目の前にある世界のように手で触れ、舌で味わい、体で感じ、操作できるのがIQです。
ですから、ステップ③は、ステップ②でつくった抽象度の高い世界を「手で触れ」「舌で味わい」「体で感じる」ことができるようにするトレーニングです。(p.137-138)
【共感覚をつくるトレーニング】
味はサラサラ (味覚 ⇒ 触角)
においは赤色 (臭覚 ⇒ 視覚)
形は花のにおい (視覚 ⇒ 臭覚) など。
ギャグのトレーニングみたいな、五感の付け替えトレーニングである。
先に書いたように、これは逐次処理を脱した脳の使い方だから、そこは時系列の世界ではない。故に霊覚者は、未来も過去も関係なく行き来できるのである。霊覚者は未来を先に見ているから、現実の対策を的確に指示することができる。
例えば、経済問題などでは様々な考え方があり、いろんな人がそれぞれに一理ある考え方を主張しているけれど、逐次処理しかできない左脳タイプの現代人は、それらがどんなに優れているように思われても、絶対に正しい対策であると、言い切ることも確信することもできない。しかし、超並列処理できるが故に同時に未来を知っている人は、現代人のようなアホ臭い頭の使い方をしなくて済むのである。
到達すべき「抽象度の高い世界」は、我々現代人が呪縛されている時間の枷からはずれている世界なのである。
そこで、「共感覚」をつくるトレーニングをします。共感覚とは、「ある感覚を別の感覚に置き換えてみる」ことです。たとえば、ある音を聞いたときに「この音は赤だ」といった感じです。(p.138)
さらに具体例を挙げれば、味はサラサラ (味覚 ⇒ 触角)
においは赤色 (臭覚 ⇒ 視覚)
形は花のにおい (視覚 ⇒ 臭覚) など。
ギャグのトレーニングみたいな、五感の付け替えトレーニングである。
共感覚トレーニングをすることで、抽象化された世界の臨場感を感じられるようになるのです。
つまり、
「いかに触れられない世界を自分の体で触っているかのように感じ、操作できるか」
という状態にまで持っていくことができるのです。(p.140-141)
高度な霊覚者って、この記述にあるような世界を生きているだろう。つまり、
「いかに触れられない世界を自分の体で触っているかのように感じ、操作できるか」
という状態にまで持っていくことができるのです。(p.140-141)
先に書いたように、これは逐次処理を脱した脳の使い方だから、そこは時系列の世界ではない。故に霊覚者は、未来も過去も関係なく行き来できるのである。霊覚者は未来を先に見ているから、現実の対策を的確に指示することができる。
例えば、経済問題などでは様々な考え方があり、いろんな人がそれぞれに一理ある考え方を主張しているけれど、逐次処理しかできない左脳タイプの現代人は、それらがどんなに優れているように思われても、絶対に正しい対策であると、言い切ることも確信することもできない。しかし、超並列処理できるが故に同時に未来を知っている人は、現代人のようなアホ臭い頭の使い方をしなくて済むのである。
到達すべき「抽象度の高い世界」は、我々現代人が呪縛されている時間の枷からはずれている世界なのである。
【未来が現在になる】
今、未来をイメージとして確信してしまえば、その未来が時間がたって現在になるということである。
未来が原因で現在が結果であると理解できれば、誰しも「創造の主体」となることができるだろう。
《参照》 『神との対話 ③』 ニール・ドナルド・ウォルシュ (サンマーク出版) 《後編》
【聖なる二分法】
このトレーニングをしっかりやることにより、望ましい未来に合わせて、実際に皆さんの現在や過去が変わるということです。他の著書でもいつも主張していますが、時間は未来から過去に流れているものです。
古くは、アビダルマの仏教哲学がそう主張しており、現在では最先端の現代分析哲学の結論も同じです。現在が、時間がたって過去になる。未来が時間がたって現在になる。そういうことです。
いわゆるイメージトレーニングなどは、この時間の流れを捉えている。古くは、アビダルマの仏教哲学がそう主張しており、現在では最先端の現代分析哲学の結論も同じです。現在が、時間がたって過去になる。未来が時間がたって現在になる。そういうことです。
今、未来をイメージとして確信してしまえば、その未来が時間がたって現在になるということである。
未来が原因で現在が結果であると理解できれば、誰しも「創造の主体」となることができるだろう。
《参照》 『神との対話 ③』 ニール・ドナルド・ウォルシュ (サンマーク出版) 《後編》
【聖なる二分法】
【「自由」と「無明」】
仏教用語の「無明」が、ハイゼンベルグによって語られた不確定性原理と紐付けて記述されている。物理学と結び付けて語られると、抹香臭くて冴えない感じの仏教が、たいそうイカシタものに感じられる。
西欧人が東洋の仏教に興味を持つのは、以下に著者が書いているような科学的知性の延長上で仏教を捉えているからなのであるけれど、日本人が密教や禅を知らなさすぎると、彼らはコケちゃうのである。
仏教用語の「無明」が、ハイゼンベルグによって語られた不確定性原理と紐付けて記述されている。物理学と結び付けて語られると、抹香臭くて冴えない感じの仏教が、たいそうイカシタものに感じられる。
西欧人が東洋の仏教に興味を持つのは、以下に著者が書いているような科学的知性の延長上で仏教を捉えているからなのであるけれど、日本人が密教や禅を知らなさすぎると、彼らはコケちゃうのである。
アプリオリに存在は確定しているのだ、もしくは、「サイコロを振らない神は実在するのだ」とする人間の思い込みを、2500年前の哲学者「シャカ」は「無明」といいました。
「無明」は、存在がアプリオリな確定性のものだと思い込んでいる状態です。アインシュタインでさえ「無明」だったのですから、過去の人々が「無明」であったのは、致し方がないことです。ただ、現在の科学は、すでに「無明」の時代は終わっているのです。
存在は不確定である。別な言い方をすれば、観測される粒子は、正確に計測しようとすればするほどその観測行為の影響を受けて不正確になるという存在の双方向性を「シャカ」は縁起と呼びました。
その縁起を知らないことが「無明」です。「空」の概念を利用すれば、不確定性という「空」の原理を知らないことが「無明」です。そして、「無明によりて行があり」といっています。「行」とは誤った認識作用のことです。
本来宇宙は「空」であり、私たち自身も「空」であるのに、あたかも確定性のアプリオリの個があるかのように認識してしまうのです。これが私たちの「自由」を奪っているのです。
ただ、現在の科学・数学は、物理抽象度の宇宙だけではなく、全抽象度にわたって、不確定性原理が働くことを証明しています。それが、チャイティン以降の「不確定性原理」の証明です。
私たちは、何ものからも本来は自由なのです。それを「無明」が奪っているだけなのです。そして、「自由」になる方法は簡単です。「抽象度」を上げればいいだけなのです。(p.181-183)
「無明」は、存在がアプリオリな確定性のものだと思い込んでいる状態です。アインシュタインでさえ「無明」だったのですから、過去の人々が「無明」であったのは、致し方がないことです。ただ、現在の科学は、すでに「無明」の時代は終わっているのです。
存在は不確定である。別な言い方をすれば、観測される粒子は、正確に計測しようとすればするほどその観測行為の影響を受けて不正確になるという存在の双方向性を「シャカ」は縁起と呼びました。
その縁起を知らないことが「無明」です。「空」の概念を利用すれば、不確定性という「空」の原理を知らないことが「無明」です。そして、「無明によりて行があり」といっています。「行」とは誤った認識作用のことです。
本来宇宙は「空」であり、私たち自身も「空」であるのに、あたかも確定性のアプリオリの個があるかのように認識してしまうのです。これが私たちの「自由」を奪っているのです。
ただ、現在の科学・数学は、物理抽象度の宇宙だけではなく、全抽象度にわたって、不確定性原理が働くことを証明しています。それが、チャイティン以降の「不確定性原理」の証明です。
私たちは、何ものからも本来は自由なのです。それを「無明」が奪っているだけなのです。そして、「自由」になる方法は簡単です。「抽象度」を上げればいいだけなのです。(p.181-183)
<了>