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 元になっているのは、ジェームズ・アレンの 『原因と結果の法則』 という著作。これを 「ビジネス書ではなく愛の基本書」 として超訳したと、あとがき(p.216)に書かれている。
 坂本貢一訳の 『原因と結果の法則』 を読んだ時は、深い叡智が分かりやすく書かれていて感心したものであるけれど、この本を読み終わった今は、ほとんどが “愛” という言葉に置き換えられてしまって、「ちょっと安っぽい女性向け恋愛論みたい」 と、正直なところ思ってしまった。この本の読者としては、若い女性が相応しいだろう。
 生き方論としては、あまりにもありきたりな内容なので、読書記録を書くほどのこともないけれど・・・。

 

 

【心の庭を手入れする】
 愛される人は庭を手入れする人で、
 愛されない人は庭を荒れ放題に任せている人です。

 ガーディナーが庭を耕し、
 雑草を引き抜き草花のタネを撒まくように、
 私たちも自分の心の庭を手入れし、
 愚かな考えや不純な思いを根絶やしにして、
 純粋な思いのタネをまいていくことです。 (p.41)
 「修身」 というと抹香臭いけれど、 「心の庭を手入れする」 というとチョット分かりやすい。
 例えば、皇室に生まれて育つ宮様方のように、常に恵まれた環境にあって素晴らしい人々ばかりに囲まれていたら、人の心や思いは自ずと整っているだろう。しかし、我々一般の日常生活者が暮らす環境の様相は様々だし周辺の人々の人格も実に様々だから、それらに影響されて自分の心も様々な様相が露わになり易い。心と環境は互いを映す鏡に例えられるけれど、意馬心猿を放置していては、御者なき馬車のようなもので使い物にならない、と言っている。

 

 

【学ぶまで・・・】
 ひとつの恋愛から学ぶべきものを学ぶと、
 つぎの恋愛が現われます。(p.112)
 しかし、自分自身の心に降り積もってきたトラウマなり精神傾向なりに気づいていないと、次の恋愛には進めず、同じような相手との恋愛を繰り返すことになる。
 例えば、人生で不快なことが多かった人の心の中は、怒りでいっぱいになっている。そういう人は、あらゆる人間関係や環境を、時には自分自身でさえも破壊しようとしてしまう。破壊するための恋愛を実践していながら、「うまくいかない」 と嘆くのである。
 また、家庭内暴力を繰り返す父親に育てられた場合、それでも愛されたいという健気な心が強く残っていた場合、父親と同じような暴力的男性を選んでしまうのである。
   《参照》   『極道な月』  天藤湘子 文芸社
 その様な家族関係の中で植え付けられた心理の連鎖に気づくまで、同じようなみじめなゲームが続いてしまう。

 

 

【束縛好き】
 夫婦関係が希薄な場合、
 しばしば親は子供に執着します。

 こういう親は自分の配偶者は信じられないため、
 わが子を溺愛して、
 いつまでも自分の手元に置いておこうとしがちです。

 そのため、わが子を独占しようと束縛し、監視します。

 こうして育てられた女性が成長すると、
 友人や恋人に対しても、
 自分が親にされたのと同じように、
 愛情や友情の証として、
 独占、監視、束縛をしはじめます。


 一方で、
 親から束縛されていた自分がそうだったように、
 恋人も自分の束縛から
 逃れようとしているのではないかという不安を
 常に持っています。 (p.144-145)
 これは、 “本当の愛” の姿とは正反対の “自己愛” がもたらす結果である。
 “自己愛” ほど露骨な未熟さの押しつけではないとしても、世間の価値を押しつける育て方は、子供を生涯にわたって彷徨わせることになってしまう。
   《参照》   『なにも願わない手を合わせる』 藤原新也  東京書籍
              【まなざしの聖杯】

 “本当の愛” は自由であり束縛の反対側にあるものである。
   《参照》   『神との友情 (下)』 ニール・ドナルド・ウォルシュ (サンマーク出版)
               【愛は手放す】

 

 

【恋に落ちると】
 恋に落ちると、
 心の中に不安や嫉妬、妬みや怒り、
 不信や猜疑といったネガティブな思いが
 つぎつぎに起こってきます。(p.161)
 そうだろうか? と思ってしまう。
 自己愛に満ちた親の愛玩物として育てられた人の場合だけだろう。
 チャンちゃんの場合は、心に粘性がなさ過ぎるんだろうけれど、人に着する性が、若い頃からかなり希薄だった。それなりの精神障害なのか、前世で学び終えていたからなのか、分からないけれど、嫉妬だとか束縛だとかの様相を呈する前段で、心はすみやかに引き潮状態になってしまうのである。
 そういえば、学生時代、文学クラブの連中に 「〇〇君って、ニヒルだよね」 って言われたことがあったっけ。ちょうどロシア(ツルゲーネフ)の小説を読んで心地よく呼吸していた頃だったからニヤッとしていたのだけれど、ニヒル(ニヒリズム=虚無的な生き方)は危険な迷宮である。推奨できるものではない。

 

 

<了>