
極道(ヤクザ)を父として生まれた著者の、激動の半生を綴ったのが本書だという。実際の体験をもとに書かれているから、数時間ぶっ通しで読みきってしまう面白さがあるけれど、読後感は、なんとも “やりきれない” という気分になってしまう。
【 “愛されているという確信” を求めて】
まっすぐに優しく愛された経験を幼少時に持てなかった子どもは、捩れた愛の求め方をしてしまうのである。故に、そのことに気付けるまで父と同じ様な人物を配偶者に選んで、同じ苦しみを繰り返す選択をしてしまう。「女性の異性運は父親で決まる」 と良く言われるけれど、この小説の主人公を通じで、その典型的な例を学ぶことが出来る。
【 “愛されているという確信” を求めて】
「いくらどつかれても、お父さんだけだった」
・・・・・背中だけを見て育った。怖かったのは殴られることではなく、愛されているという確信が持てない自分自身だった・・・・。私が追い求めていたのは、父だったのではないだろうか・・・・。 (p.226)
愛人やホステスに送られて帰宅する父。家では母や家族に暴力を振るい家財道具をメチャクチャにする父。そんな行動形態のヤクザを父に持つ女性は、著者が正直に書いているように、“愛されているという確信が持てない自分自身” に生涯苦しむことになる。・・・・・背中だけを見て育った。怖かったのは殴られることではなく、愛されているという確信が持てない自分自身だった・・・・。私が追い求めていたのは、父だったのではないだろうか・・・・。 (p.226)
まっすぐに優しく愛された経験を幼少時に持てなかった子どもは、捩れた愛の求め方をしてしまうのである。故に、そのことに気付けるまで父と同じ様な人物を配偶者に選んで、同じ苦しみを繰り返す選択をしてしまう。「女性の異性運は父親で決まる」 と良く言われるけれど、この小説の主人公を通じで、その典型的な例を学ぶことが出来る。
《参照》 『愛を引き寄せる法』 上之二郎 (KKロングセラーズ)
【束縛好き】
《参照》 『アミ3度目の約束』 エンリケ・バリオス (徳間書店) 《前編》
【愛と依存】
例え家庭内暴力を振るわなくても、一方的に厳しく怒鳴るだけで、わが子を一度すら抱きしめてやったことのない父親であるならば、その子の心理状態は、この小説の主人公と同じであろう。
湊川栄太さんが、『抱きしめる教育』(サンマーク出版) といっているのは、文字どおり 「抱きしめることによって、子どもに“愛されているという確信” を与えてあげる」 ことなのである。
湊川栄太さんが、『抱きしめる教育』(サンマーク出版) といっているのは、文字どおり 「抱きしめることによって、子どもに“愛されているという確信” を与えてあげる」 ことなのである。
【極道な月】
全編にわたって記述されている、凄いというか凄まじいというか、一般的な人生経験の範疇からは遠くかけ離れた内容に、私自身、読後、やや疲弊してしまった感じである。
そして、家族が同じような運命を反復してゆく状況は、想像通りであるが故に、やりきれない気分でいっぱいになってしまう。こういう小説に、「祖先や家族にまつわる因縁論」を当てはめるようなことはするだけヤボってものなのだから、小説の中とはいえ結果の出ている人生に対して、ひたすら沈黙するだけで、ただただ疲労感に包まれてしまう。
それでも、著者はタイトルに絡んでこのように書いているのだから、太陽の明るさではないなりに、前向きである。
全編にわたって記述されている、凄いというか凄まじいというか、一般的な人生経験の範疇からは遠くかけ離れた内容に、私自身、読後、やや疲弊してしまった感じである。
そして、家族が同じような運命を反復してゆく状況は、想像通りであるが故に、やりきれない気分でいっぱいになってしまう。こういう小説に、「祖先や家族にまつわる因縁論」を当てはめるようなことはするだけヤボってものなのだから、小説の中とはいえ結果の出ている人生に対して、ひたすら沈黙するだけで、ただただ疲労感に包まれてしまう。
それでも、著者はタイトルに絡んでこのように書いているのだから、太陽の明るさではないなりに、前向きである。
どんなときも満ち欠けを繰り返す月は、まるで失敗だらけの私の人生のようだ。生まれてきたばかりの頃は新月で、好きな人の気持ちを追いかけていたときは三日月に、そして結婚をして半月となった。それから私は一人になって満月のようになれたのだろうか? 弱い私は強くなり少しは人として成長することができたのだろうか? でも、もし挫けたとしても新月のように一からやり直せばいい。どこにいても、大きな月は微笑みながら私を見ている。 (p.246)
<了>