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 むくはとじゅうさんという変わったお名前である。長野県出身の児童文学者であり、元鹿児島県立図書館長であった著者。 『母と子の20分間読書』 というロングセラーの著者でもある。この本も1988年7月初版で2009年8月で第34版だからロングセラーである。

 

 

【「ダメね」というレッテル】
 今、学校生活と言いましたがね、一番強く子供に 「おれはだめだ」 というレッテルをはるのは、お母さんとお父さんですよ、一番大事にしとるはずが、ゆとりがないから。
 お父さんとお母さんのうちで、どっちが子供にレッテルはりつける天才かというとね、お母様方ですよ。(p.36)
 子供の才能をダイナシにしたければ否定的なレッテルを貼ればいい。
 単にレッテルを貼るだけで、「ダメね」 という子供を作ることができる。
 「あーあ、散らかる散らかる」 「ああ、だめだめ」 「ああ、汚れる汚れる」 「ああ、手を切る手を切る」
 「ああ危ない危ない」 「うるさいわねぇ」
 こう言う言葉の繰り返しが、不器用で、意欲のない、ドン臭い子を製造する。

 

 

【劣等感を取り除き、一つのことをやり遂げる、感動】
 感動はね、その人間の心の中にずうっと眠っておる力を奮い起させて、同時に心の中にぎゅうっとその人間の才能を押さえつけておる劣等感のもろもろのものを取り除いていく、そういう力をもっております。
 感動は心の扉をひらくのです。
 だから、皆さん方のいろんな伝記を読んでごらんなさい。何かかんか一つのことをやった人間は、小さいときか、あるいは青年になってからか、何かしらん感動の連続を必ずもっております。必ず連続を持っている。(p.54-55)
 著者の同級生であった “しらくも君” こそが、そんな人の、典型的な例として書かれている。

 

 

【友だちにも先生にも見捨てられていた “しらくも君” 】
 「しらくも」 というできものを、一年に上がったときから六年を卒業するまでつけっ放しだったから、そんなあだ名がついた。しらくも故に、ひどい目にあったり、悪口を言われたり、ひどく嫌われたりした。だから、いつも校庭の隅にあるアオギリという木に凭れかかって一人で過ごしていた。

 そして、成績も1年から6年までずうっとビリ。
 先生もひたすら無視していたという。
 郷里を出てから30年ぶりの同級会があって、先生ともども再会した時、先生はこう言った。
 しらくもは、今、大したやつになってるぞ。おれはしらくものことを考えると地獄の底まで罪を背負っていかなければならない」 こう言ったと思うとね、私の手を握ったまま、ボロボロ私の手の上に涙を落とすんです。
 その恩師が言ったとおり、しらくもは、そのころ上伊那、下伊那を通じて、1,2と言われる、非常に優れた農業の指導者になったのです。(p.65-66)

 

 

【『ジャン・クリストフ』】
 転機はというと、しらくもの子どもが借りてきた厚い三冊の本。子どもは借りてきただけで、読んでいる様子はない。しらくもは、手に取ってみた。
 「何ていう本よ」 と、こう聞いたら、ロマン・ロラン ―― これは、しらくもの運命を変えた本だから覚えてるんです。「ロマン・ロランという人の書いた 『ジャン・クリストフ』 という本よ」
「何に感激したのか」 と聞いたら 「おれの運命が書いてあるんじゃないかと思うほど、人間の苦しみが描かれていた」 こう言うんですな。 (p.71-72)
 ジャン・クリストフはしらくもと同じように苦しみの人生にさいなまれる。しかし、ジャンは絶望の淵に落ちても這い上がってきた。
 自分の運命に似たものを書いたやつとぶち当たったんだから、感激の度合いがわれわれの2千倍、3千倍違いますわ。そして、劣等感なんかふっ切れちゃって、隠れていた何か彼の力にバァーッと火をつけて燃え上がってきた。(p.76-77)
 しらくもは、「何か燃える元を持たなけりゃいけない」 と思い 「おれは貧しい百姓の小せがれだから、農業そのものの中に燃えようと決心した」。そして、農業の専門書を読むことにした。
 初めは分からないことだらけなので、村役場の専門家のところへ頻繁に通って聞いていた。その専門家も半年ほどは教えてくれたけれど、そのうち居留守をつかって逃げ出すようになった。でも、しらくもは通い続けた。もう、心の火は消せなくなっていた。
 やってるうちにね、15冊暗記するくらい読んじゃったんです、ずうっと。
 そうしたらね、あとはもう楽にスイスイ読めて、読んだり実験したりしていくうちに、人々はおれを農業の指導員と呼ぶようになったのよと、こう言うんです。(p.75-76)

 

 

【感動】
 われわれは何回も感動を受けては、心の中の火を大きくして、感動を受けるたんびに心を変えて、人間を変えていく、そういうことの繰り返しによって、何か知らんが、その人間の持っておる力が出るのじゃないだろうか。潜んでいる力が出るのじゃないだろうか。若き日に大きな感動を受けた者は、私は幸せなるかなと思う。(p.77)
 「感動や感激なんて、ここしばらく経験したことがない」 っていう人は危険信号状態。
 心と魂は感度のよい状態を保って常に鋭敏にしておかないと、人生が冴えなくなっちゃう。
   《参照》   『志のみ持参』 上甲晃 (致知出版)
               【ハッとした話】

 

<了>

 

  椋鳩十・著の読書記録

     『命ということ心ということ』

     『感動は心の扉を開く』