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 著者の本は、『日本の「ち・から」』 に次いで読書記録は2回目だけれど、日本と日本文化を深く知りたい人には、最適な著者の一人といえるだろう。この本には、神道に伝わる言霊などの基本的な解説も著されている。(その部分は書き出さないけれど)
 この本を読み終わって、「長年続いている夜更かしの習慣を改めよう」 と思える人は、素直で賢明な 「大和人」 なのであろう。「やまとの朝」 を手に入れるべきである。


【塙保己一の朝】
 彼は 『群書類従』 という日本史や国文学における重要な資料となる1270種もの文献を集めた本を刊行しました。・・・(中略)・・・。このような人物ですから、当然、生まれながらの天才と思われがちです。
 ところが、実は保己一は、子供の頃物覚えが悪く、勘も鈍かったのです。 (p.15-16)
 あまりの出来の悪さに、師から、「3年たっても何も覚えられないようなら、里へ帰ってもらう」 という言葉に、保己一は夜な夜な泣いていたのだという。しかし
 国を出るとき手渡された経巻一巻を、「よし!」 と決心して毎朝1000日間欠かさずに読むことにしたのです。目の見えない彼には、心眼で見えていたといいます。・・・(中略)・・・。1ヶ月、2ヶ月するうちにみるみるうちに保己一のもの覚えはよくなってきました。そして3年たったころには決して忘れないというほどの人物となっていたのです。
 実は彼が1000日間唱え続けた経巻は 「般若心経」 でした。・・・(中略)・・・。偉人には偉人の朝の秘話があるものです。(p.17)
 神童といわれるような天才的な人材は、幼少時から読経環境に類する環境に恵まれていた事例が多いのではないだろうか。単語会話しか交わしていないような貧困ボキャブラリー家庭環境と、経巻の多様な言語の組み合わせをシャワーのように聞き続けられる環境とでは、おのずと脳の発達に差が出てくるのも当然に思われる。

 

 

【聖徳太子は敏達天皇の子】
 当家では、聖徳太子は、敏達三年、敏達天皇を父に、穴穂部間人皇女を母として生まれたと伝えられています。一般には、用明天皇を父とするということになっていますが、・・・ (p.36)
 用明天皇は敏達天皇の弟。
 いろいろとむずかしい事情があるのです (p.37) と書かれている。

 

 

【千字文の伝来と応神天皇の在位】
 応神天皇は百済に使いを出し、王仁を徴せしめたのです。翌16年、王仁は、日本へ入朝しました。その時、 『論語』 十巻、「千字文」 一巻を献上したのです。 (p.41)
 「千字文」 が伝来した応神天皇16年とは、西暦285年。
 梁の武帝(502~549)は、大変な文人でした。・・(中略)・・武帝のもとに 「千字文」 はたてまつられました。其れを見た武帝は、大変よろこび、以後 「千字文」 を王子たちの小学の書としたのです。(p.42-43)
 つまり 「千字文」 の完成は、西暦500年代。完成よりも220年以上前に日本へ伝来していたことになる。
 当家では、 『古事記』 『日本書紀』 はあくまでも、当時の政権実力者が制作したものであり、多くの記載にずれがあり、脚色があって当然と考えています。・・・(中略)・・・。
 つまり、応神天皇は、 『古事記』 や 『日本書紀』 に示されているほど古い時代の人ではないのです。
 日本の歴史の暗黒時代、そろそろ明らかになってくるでしょう。  (p.44)
     《参照》   『蘇我氏の正体』 関裕二  東京書籍


【聖徳太子の本質と、日本列島に宿る神々の魂霊】
 聖徳太子の本質は、日本の神々を敬う心が第一だったのです。そこに和(やわ)らぎの心が働き、良き事は、素直に取り入れ、よりいっそう良くしていく向上心が仏教を学びとり、儒教を学びとり、道教を学びとり、日本列島・日本列島人のためになるように、和風化したのです。その証拠に聖徳太子は出家しておりません。在家なのです。
 日本の仏教はインド風、中国風、朝鮮風ではありません。また、儒教だって、中国風、朝鮮風ではないのです。日本のためになるように消化されているのです。 (p.53)

 仏教も儒教も日本風にしてしまうすごさ。
 『論語』 も 「千字文」 も日本風にしてしまう神々の力。
 私は感じています。日本列島に宿る神々の魂霊の聲なのです。 (p.54)
 このような基本的なことを、すべての日本人が自覚しているとは限らない。
 むしろ、仏教しか知らない人々は、唯我独尊的視野狭さくに陥っていることすら自覚していないものである。
 かつて、小説の中に書かれていた記述に憤慨して書いたブログがある。
   《参照》   『犬婿入り』 多和田葉子 講談社
             【日本人の特徴はすべて 「神道」 に帰着する】

 
                             
【天地と一体になる】
 よく先代が申しておりました。
「・・・(中略)・・・こんな泰平の世になっても太刀を振り稽古にはげんで何になるのだ、と尋ねられたら、
  『太刀を振りて汗を流すは、敷島の大和心を守る御業ぞ』 と答えよ」
 現代でも同じなのです。太陽の昇る勢いと共に、太刀を天に上げ地に下ろす、これを繰り返し、大宇宙の気をこの身に集めることこそが稽古修行の一大事です。大和心を守る御業は、簡単に身につけられます。是非試してみて下さい。 (p.69-70)
 鹿島太刀などの、神霊宿る太刀を所持している方々は幸いである。
 日本刀から受ける運気、よい刀であればあるほど幸運である。

 

 

【「柔よく剛を制す」 と 「剛よく柔を断つ」】
 真の修行者は、
「柔よく剛を制す」 (無骨な力ばかりの剛を、柔軟なしなやかさが制する)
「剛よく柔を断つ」 (気骨な真の力は、秘めた力を宿さないエセ柔軟<軟弱>など瞬時に両断する)
 という矛盾を鍛錬によって克服し、武士自身の体につけていったのです。  (p.81)
 平常時は 「柔」、 しかし、いったん非常事態となれば 「剛」 となる。
 それも大和である。

 

 

【山本常朝の心】
 “武士道と云うは死ぬこととみつけたり” という句で始まる 『葉隠』 を説いた常朝(つねもと)のこと。
 分け入りて まだ住みなれぬ 深山辺に 
   影むつまじき 秋の夜の月


 常朝が主君の二代目藩主・鍋島光茂の死に際し、追腹(おいばら)を願ったのですが許されず、追腹にかわるものとして北山黒土原に庵を結んで隠遁した折の和歌で、武士としての最終的な心得の秘められた一首です。
 勢い激しさばかりではなく、引くべき時には引く、隠遁の心を大和人は大切にしてきたのです。ゆかしき日本人、ここにありというところでしょう。 (p.97)
  “狂い死に” に近いともとれた 『葉隠』 の文言だったので、この記述は正直なところ、意外である。
 はがくれに 散りとどまれる はなのみぞ
   しのびし人に あふ心地する

   (葉の陰に散りとどまる花にこそ、ゆかしい人に会ったような心地がするものだ)
 『葉隠』 の題となる、もと歌とされる西行法師の和歌です。 (p.97-98)

 

 

【絶対性の在処】
 奥兵法に勝負の勝ち方、負け方ということで、
  恥じない勝ち方
  悔いない負け方
 ということがあります。勝負という絶対二極の相対する実利の世界にこのような考え方があるのも日本的です。大切なのは何をなしたかということでなく、どうやって成したかということなのです。ここには永遠という思想があり、絶対的人間の安心(安らかなる心)、仏教的にはさとりとでもいう考え方です。
 永遠の勝利、絶対的勝利というものが果たしてあるのでしょうか。恥じない、悔いないという人間の内面的問題を解決した勝敗というものが、長い間、人間が、戦い争ってきた中から生死を越えて誕生した、永遠であると思います。つきつめると勝ちも負けも同じことになってしまいます。 (p.101-102)

 

 

【西行法師の終焉の地】
 仏門へ出家して出家しきれず大和人として和歌(やまとうた)の道へこだわり続けて生きぬいた西行法師。過美なる世界を厭い、もの淋しい自然の世界へ深く深く旅していったのです。その心の旅こそが、私たち日本人の風流風雅の心の原点でもあります。 (p.166)
 西行法師終焉の地である西行庵には、幕末に傑物たちが集っていた。
 西行庵の建物は、日本の夜明け前、幕末に西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允らが密議をし、秘策を練った場であります。また安政の大獄に連なった陽明学者・春日潜庵がこの茶室に蟄居せしめられていたことも有名です。春日潜庵の高弟・中川靖太郎が鶏鳴塾を主宰し、志士の教育の場としました。西郷の求めに応じ、東郷平八郎ら薩摩の青年を訓育したと伝えられています。
 やはり、西行法師終焉の地に建つ建物には、日本の夜明け前の聲がします。・・・(中略)・・・。この母屋が「鶏鳴塾」ということに後から気づいたので驚いてしまったのです。 『もう朝だぞ!』 というこの本を執筆していたら、ちゃんと鶏鳴が聞こえるのですから・・・・・ (p.168)

 

 

【聖徳太子】
 聖徳太子は、予知夢を書き残されました。世にいうところの 『未来記』 です。
 『平家物語』 や 『太平記』 に登場してくるところですが、日本列島、否、地球の未来について予知されておられました。
 “悪しき予言” “悪しき呪の力” の強いことを悟り、一人、日本の言魂霊の力により、悪しき事柄を封じられたのです。それも一族の繁栄を捨て、自分の墓の角を欠くという子孫を絶やす儀式までして、封じられました。
 「日本の 『朝』 がなくなる時、日本の国は滅びる」
 当家に伝わる秘伝書に語られている太子の予知夢による予言の一つであります。 (p.194-195)

 

 

【日出づる国、日本の朝】
 日出づる国日本の朝、こんなもんじゃないはずです。・・・(中略)・・・。日本人が 「朝」 という大切な大宇宙、大自然から大いなる勢いを得る時間を見失ってしまったことが最大の原因のように思われてまいります。(p.25)
 日出づる国にあって、惟神の道を語る人で 『旭』 を神名を持つ神人がいたら、間違いなく聖徳太子の御魂を継承している方なのだろう。
 「朝を制する者は、一日を制す」 そして、
 「朝を制する日本人は、世界を制す」 と。 制せざれば・・・ 

 

 

 「朝」 に関する脳科学による理論的根拠は以下の著作に示されている。
   《参照》   『「無邪気な脳」で仕事をする』 黒川伊保子・古森剛 (ファーストプレス) 《前編》
               【 「無邪気な脳」 を作る】~【朝日に関与する脳内ホルモン】