2016年12月05日にエンライト@太古の道先案内人が発表した記事を復元します。
(代理人チームエンライト)
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魂の願望が全て成就した人は、次のステージに入る。
全てが幻だったことを思い知り、体験ゲームから離れる準備に入る。
だが今の地球には、魂の願望が成就していない人が多い。
がんがん願望・目標を叶えていくステージなのだ。
最近の宇宙にお任せ系スピは、単に「直感のみに従うこと」「計画を立てない事」と主張するに留まらなくなってきた。
個人レベルの願望すら捨てて、「宇宙に全てを委ねよう」と説く指導者が増えてきたのである。
全知全能の宇宙に任せてしまえば、マインドで願う以上のことが起こる…という幼稚な理屈である。
本質顕在化を謳う大木ゆきの女史。
「願わなくとも叶う時代になりました♪ あなたの周波数が安定的に高ければ、特に何かを強く願わなくても、自然に宇宙が必要なことを先回りしてやってくれる。チラッと思うか、思わないかくらいで、どんどんスムーズに事が運びます」
この種の話で紹介されるラッキー現象の実例は、大抵、スケールが小さなものばかりである。
大規模な願望や、複雑な要素が絡み合う願望には全く無力なのだ。
だが、そういう真実は巧みに伏せられている。
情報操作である。
貴方がビルの建設会社の社長・または職人だったとして、チラッと思うか、思わないかくらいで、勝手にビルが建つのかと。
設計図さえ作らないのかと。
悟り系スピや宇宙にお任せ系スピでは、教えの嘘をごまかし、真実に見せかけるために、あらゆる印象操作、こじつけ、マインドコントロールの技法が使われている。
大木ゆきの女史は、数年にわたって執拗に、「願わなければ、願った以上になる♪」と主張し続けてきた。
だが、まともな洞察力の持ち主は、この短い文章を見ただけで、大嘘を見破ることが出来る。
たった一行の中に、カルトの姑息な手口が現れているのだ。
貴方が何かを願ったとしよう。
そして結果が出た。
願った以上の結果だったかもしれないし、願い以下だったかもしれない。
では、どういう基準をもって、以上や以下という比較ができるのだろう?
最初に願いを持っていたからである。
願いがあったから、現実の結果に照らして、「願い以上」「願い以下」と判定することが可能になったわけだ。
最初から何も願わなければ、比較できる材料がない。
只のゼロである。
当然、「願わなくなったら、願った以上の結果が出た。やっぱり宇宙ってすごーい♪」という脳天気な理屈は成り立たなくなる。
宇宙にお任せ系スピでは、こんな詐欺的な手口が平然と使われている。
「全ては等価だからジャッジを手放しましょう」というスローガンを自ら裏切っている。
思考停止した信者も、その矛盾に気付かず、単純なマインドコントロールに引っ掛かってしまう。
もっとも彼らは、このような批判に対して、一応、対策を練っている。
「優劣ではありません。みんながみんなそうならなければならないとは思いません。好みの問題です」
これこそ自己正当化のための言い訳である。
本当に全てが等価だと思っているなら、マインドで目標を立てる生き方に対して、あそこまで執拗なネガキャンを続けることは出来ないだろう。
特に大木ゆきの女史は、
「マインドで願ったり、計画を立てるのは、死んだような生き方のように見えます」
などと口汚く罵っていたのである。
目標を持って社会に多大な貢献をした人も、オリンピックの選手たちも、全て「死んだような人」というわけだ。
私が尊敬するイチロー選手も、大木ゆきの女史によれば只の死人ということになる。
あんた何様のつもりだよ?
大木ゆきの女史は、昨年の5月に一冊目の本を出した。
だが本人は事前に「本を出版したい」という願望設定をしていなかった。
宇宙に全てを任せていた。
すると出版社の方から「貴方のブログをまとめた本を出しませんか?」というメールが来たという。
編集者は「だいたい2カ月ほどで原稿が上がりますので、しばらくお待ちください」と言った。
ところが2カ月経っても原稿は来なかった。
彼女は、時間かかってるんだろうなあと思って、さらに1ヶ月待ったが、なんの音沙汰も無し。
「もしかして立ち消えになったのかも」 と思ったが、きっと最善のことが起こってるのだろうと、またまた宇宙にお任せした。
一年たって、やっと出版社から「原稿が上がった」という連絡がきた。
何故そんなに時間がかかったかというと、ブログの記事が膨大だったために、本にまとめる記事を選ぶのに時間がかかったと。
だが本当の意味での「宇宙にお任せ」の境地は、現実的な努力や手間を省くことではない。
連絡がなかなか来ない場合、こちらから電話一本かけて、進行状況を確認するのが当たり前である。
我々は現実社会の中で生きているのだから。
現実的にやるべき事まで怠ってしまうのは、真に宇宙にお任せの状態とは言えない。
怠け者の理屈に過ぎない。
大木ゆきの女史は更におかしな意味付けを繰り返した。
「このプロセスを通じて、宇宙にお任せがやはり最高最善だったことを再確認しました。
もし編集者さんを急かしていたら、もっと早く出版されていたかも知れませんが、お互いに納得のいかないものになっていたでしょう」
「それだけではありません。昨年4月に出版のお話いただき、その後7月に悟りのエネルギー伝授ができるようになり、その後ブログのページビューがどんどん上がり、アメブロのランキングでも上位に食い込むようになりました。
だから今出版した方が、タイミング的にも良かったのです」
「いやあ、宇宙って本当にすごいですね。
小さな頭には到底想像もつかないことを、すべて見通している」
この指導者は事ある毎に、「宇宙は凄い。こんなに凄い」と○○の一つ覚えのように繰り返し、信者を洗脳している。
だが…、
本当に何ひとつ予想も想像もできない出来事だったのだろうか?
今までのブログ記事が膨大な量なら、取捨選択に時間がかかるのは当たり前である。
もし想像できなかったとしても、編集者に電話一本入れるだけで、すぐ事情を知ることが出来る。
いちいち宇宙の話を持ち込まなくても、現実レベルで容易に確認できるし、簡単に予想できる話なのだ。
わずか2カ月という短期間で出版するよりも、一年という時間をかけた方が原稿をじっくり編集できるし、指導者もその間に大きく変化している。
ましてブログ人気ランキングのバナーをクリックさせることを引き換え条件に、悟りや幸せのエネルギーを伝授する…と宣伝するならば、一年の間に読者はますます増えるだろう。
これも簡単に予想できる話。
そもそも、ご利益のあるエネルギーで釣って、読者ひとりひとりを宣伝要員にさせる手法自体、人間的マインドによる計算高いアイデアだろう。笑
結局、一連の出来事は、「宇宙に全てを任せるのが最高最善」 という主張の正しさの根拠になっていない。
様々な可能性における一つのパターンに過ぎない。
そもそも「全てが完璧で等価です」 「貴方はいつだって完全だった」と言うならば、宇宙にお任せする方法が全てではない事になる。
マインドで目標を作る方法も最高最善の中の一つになる。
人それぞれの生き方があるし、願望や幸福の在り方も人それぞれだ。
だが宇宙にお任せ系の連中は、「全ては等価」と言いつつ、宇宙に任せる方が良い…と不等価な評価に勤しむのだ。
その矛盾を隠すために、巧妙な印象操作をする。
現象・出来事に対して、都合の良い解釈を行い、偏った教えを垂れ流す。
そこでは催眠言語の洗脳テクニックさえ使われている。
特に多いのは、リンキングと呼ばれる認知現象を引き起こす技術である。
その本質はマインドコントロールなのだ。
読者の認識力の盲点(ストコーマ)を巧みに利用し、特定の方向に誘導しようという支配欲があるからだ。
大木ゆきの女史は、「新刊のアマゾンレビューを星5個で書いた人にはサイン本をプレゼントします」と宣伝した事もある。
これまたマインドの計算に他ならない。
つまり「宇宙にお任せ」「幸せってカンタン」というフレーズは、単なる釣り餌に過ぎないのだ。
シンプルな教えの方が人を集めやすいし、容易に思考停止に導き、信者化させることが出来る。
そもそも宇宙を舐めてる指導者が多過ぎないか?
宇宙は貴方の幸せなど願っていない。
それは単なる「法則」であるため、何の意志も持っていない。
法則は法則として、ただ純粋に冷徹に遂行されるだけである。
地球には弱肉強食と食物連鎖という掟がある。
宇宙が本当に「あらゆる生命の幸せ」を願っているなら、こんな残酷な掟を作るわけがないだろう。
殆どの人間は、個としての魂(カラーナ・シャリラ)の次元において、この世に生まれてきた目的がプログラムされている。
個人レベルの願望である。
その願望がまだ成就していないのに、いきなり宇宙に全てをお任せする生き方に入ることは出来ない。
魂に対する裏切りになるからだ。
たとえ宇宙に全てをお任せしても、人間にとって都合の良い出来事が起こるとは限らない。
宇宙に全てを任せた結果、悲惨な事件が起こることもある。
なにしろ宇宙には「全て」があるのだから…。
幸福だけではなく、あらゆる悲劇や絶望も用意されている。
大勢の人が死ぬような大地震、台風、津波が起こる時もある。
その全てを不動心で受け止める覚悟がない人は、安易に宇宙にお任せ系スピに参入するべきではない。
エンライト第二ブログ(似非スピ検証用)
裏宇宙からの遺言 2ndブログ
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