隻手音声
「両掌相打って音あり。隻手になんの声やある。隻手の声を拈提せよ」
(両手を打ち合わせると音がする。では片手にはどんな音があるのか? その解答を提出しなさい)
白隠禅師の有名な公案(禅問答)である。
貴方はこの問いかけに何と答えるだろう?
柏手を打つように両方の掌を叩き合わせれば、パンッ、パンッという音が出る。
だが片手の場合は打つこと叶わぬから、音など出ない。
その片手にどんな音があるというのか?
現代の禅僧はこの公案にどんな回答を示しているのだろう。
曹洞宗 全超寺のサイトに、こんな説明があった。
光真寺-法話2302
「白隠和尚は、修行者を日常的な判断や思考、思慮分別を超えた世界に導いているのです。
いくら耳で聴こうとしても、不可能です。頭で考えても答えは出ません。隻手音声に何か意味ある答えは無いのです。
理屈や分別に固執しているうちはダメだと示しているのです。言葉を超えたところに、体現できることがあります」
↑
残念ながら、その解答こそが頭の思考の産物に過ぎないことを示している。
的を射ていない。
禅の公案はそのどれもが理屈を超えたものである。隻手音声に限った話ではないのだ。
そもそも、この世に言葉や理屈を超えた世界があることなど当たり前ではないか。
誰もが知っていることだ。
ならばわざわざ公案で問うまでもない。
たとえばスポーツ選手は理屈だけではどうにもならない現実に向き合っている。体を動かし、その感覚を把握することで技能を高めている。
芸術も然り。
全ての分野に当てはまる事。
科学の世界さえ、直感による閃きで新事実を発見したケースがザラにある。
座禅瞑想をしっかりマスターした行者なら、隻手音声の真の意味を知っているはずである。
まあ現代の生臭坊主はまともに瞑想もできないヘタレが多いから、「理屈を超えた世界を差しているんですよーん」という当たり前すぎる答えしか出せないのだろう。
ナーダ・ヨーガと呼ばれているヨーガ部門がある。
ナーダとは「音」を意味する。
その音の精妙な真理を感得する。
印度のヨーガ行者の間では、「とても魅力的な行法だ」と評価されている。
この行法に習熟した行者は、隻手音声の真の意味を必然的に悟ることになる。
貴方はアナハタという言葉をご存知だろうか?
ヨガをかじったことのある人は、アナハタ・チャクラ(ハートチャクラ)を想像するかもしれない。
アナハタの意味は、「打たない」もしくは「叩いて破壊されることがない」である。
打つことが出来ない時にも流れている音。
すなわち耳では聞くことが出来ない音がある。
霊的な次元の音だ。
この音には3つの次元がある。
物質や肉体次元の音も含めれば、4種類の音がある。
そして肉体から霊的次元の中間地点の音もある。
次元の橋渡し的な存在であり、エネルギー体理論に基づくなら「アストラル」を差す。
アストラル次元は「人間的なもの」と「人間ではないもの」を繋ぐ役割がある。
人間ではないもの…とは高次元の自分・霊的な自分と解釈すればよい。
チャクラという概念を用いるなら、アナハタ・チャクラを差している。
天と地のエネルギーの中継地点である。
アナハタよりも上位のチャクラは宇宙(天)のエネルギーに深く結び付いている。
アナハタよりも下位のチャクラは大地のエネルギーに深く結びついている。
隻手音声、すなわち片手だけでは音を出すことが出来ない。
だが霊的な次元には確実に音がある。
隻手音声の公案は、その霊的な次元と物質次元の「中間地点」を表しているのだ。
それは単なる概念ではない。
ナーダヨーガの瞑想に習熟した行者は、実際にその音を聞くことが出来るのだ。
しかもまだ初歩的な段階である。
その先には更なる霊妙な音の世界が待ち受けている。
隻手音声を超えた次元である。
片手がまだ残っているのが中間の音。
両手が無くても聞こえるのが霊的次元の音。
ここで貴方に簡単にできるテクニックをお伝えしようと思う。
今夜、寝る前にでも試して戴きたい。
部屋の明かりを消し、深呼吸し、心を落ち着ける。
静かに目を閉じ、両手の人差し指の先っぽを両耳の穴に差し込み、塞ぐ。
(爪が長いと耳の粘膜を傷つけてしまう。爪はきちんと切って、ケアしておくこと。
指先を耳に入れるときは、あまり強く押し付けないこと)
これで外側の音はシャットアウトされる。
よほど騒音が大きな生活環境じゃない限り、外側の音は聞こえなくなったはずだ。
だが本当に無音になっただろうか?
やってみれば分かる。
実に様々な音がする。耳をあけていた時よりもうるさい程だ。
肉体の内側の音である。
生命の営みの音と言い換えても良い。
心を鎮め、ひとつひとつの音を注意深く観察していただきたい。
多くの人が最初に体験するのは、まるで海の中のような音。
心臓の鼓動も聞こえるだろう。
更に瞑想を深めれば、血液が流れる音、内臓諸器官が活動している音、細胞が分裂・増殖する音、神経パルスの音など、
およそ肉体次元の「ありとあらゆる音」が聞こえるようになる。
もちろんそこまで上達するには、それなりの経験、歳月が必要だが…。
肉体や物質次元のあらゆる音を聞き取れるようになった行者は、いよいよ霊的次元の音を聞くステージに入る。
最初はエーテルやアストラル次元。
次はメンタル。
そしてコーザル(魂)やアートマン(真我)の次元に進んでゆく。
このナーダヨーガを本格的に実修するには様々な準備が必要だ。
まずヨーガの各種アーサナ(体操・体位法)を行なう。
続いてヨーガの座法で体を安定させ、呼吸法に入る。
ヨーガには多くの呼吸法があるが、ナーダヨーガの前段階に適した呼吸法は次の3つだろう。
1. スクハ・プールバカ
2. バストリカー(またはカパーラバーディ)
3. ヨーニ・ムドラー・クンバカ
ヨーニ・ムドラー・クンバカは、親指の先で両耳を塞ぐ。
私が先ほど伝えた方法と似ているが、人差し指と親指の違いがある。
ちなみにヨーニ・ムドラー・クンバカでは両目の瞼を人差し指で塞ぐ。
この状態で中指を動かし、鼻孔を塞ぐ・開けるの動作を繰り返しながら、呼吸法を実践するのである。
呼吸法が終わったら、いよいよナーダヨーガの実践である。
ビンドゥチャクラに意識を集中し、訪れる「音」に集中する。
聞こえてくる音を細かく観照できるようになったら、音の次元階層を辿ってゆく。
ちなみにビンドゥチャクラとは、喉のヴィシュッダーチャクラに近い位置にあり、不死の甘露(アムリタ)や聖なる音に関係している。
このビンドゥチャクラのことを第8チャクラと呼ぶ人がいるが、少々大袈裟な表現ではあるまいか?
チャクラは他にもあるからだ。
スーリヤ・チャクラはどうなる?
チャンドラ・チャクラはどうなる?
体内のチャクラにいちいち第8だの第9だの名付けていたらキリがない。
私は個人的に頭頂の第7チャクラの数10センチ上方の空間にあるチャクラを第8チャクラと呼んでいる。
だが、あまりこだわっているわけではない。
両足の先の中間あたりにもチャクラがある。
いずれも体外チャクラであるが、ナンバリングにこだわっていたら、変な方向に行ってしまう。
ナーダヨーガの修行が進むと、やがて「音なき音」のステージに入る。
宇宙開闢の原始音と言っても良いだろう。
聖書に「初めに言葉ありき」とあるが、厳密には「音」を差している。
ヨーガではその音をAUM(アウム)と表現する。
マントラとしても使われている言葉だが、本来は言葉ではない。
耳では聞こえない音なのである。
この原初の音・アウムに関して、キリスト教の「アーメン」との関係性を指摘する研究者もいる。
あるヨーガ指導者がナーダヨーガについて、以下の説明をしていた。
「このヨーガは全ての源である「振動」を用いて意識を統合させ、最終目的のサマディ(三昧)に至らしめる補助的な役割がある」
宇宙原初の音・全ての創造の源の音は、我々が想像するような「音」ではない。
それは振動ではない。波動でもない。
その全てを超越しているのが「原初の音」である。
無音と言っても良いし、虚無と言っても良いだろう。
故に何の性質もない。
ナーダヨーガはその次元を探求し、存在の根源を悟り、解脱(げだつ)に至る道である。
だが道は一つではない。
ヨーガだけでも、バクティヨーガ、マントラヨーガ、カルマヨーガ、クンダリーニヨーガ、クリヤヨーガなど様々な手法があり、いずれも解脱を目的としている。
それら各メソッドは、ラージャヨーガ・またはタントラヨーガの体系にも組み込まれている。
先ほどの全超寺の法話に
「いくら耳で聴こうとしても不可能です。頭で考えても答えは出ません」
とあるが、ナーダヨーガではまず耳に聞こえる音に注目する。
その次元の感覚を磨かない限り、先に進むのが困難になるからだ。
まず基礎固めである。
「頭で考えても答えは出ません」という紋切り型の教えは、多くの修行者が挫折する元凶となっている。
現代人の多くは頭でっかちであり、いきなり「頭を捨てよ」と言われても到底無理な話である。
そういう人は物事の原因と結果を徹底分析するジュニャーナ・ヨーガが役立つだろう。
頭でっかちを逆手に取り、知性を磨き、その力をもって解脱へのパワーを生み出すのである。
※エンライト@太古の道先案内人の講義録をブログ用に再編し、公開しました。
チームエンライト