☆病気になった途端に垣間見る人の気持・疎遠・縁切り
「あやふやな人間関係がスパッと切れた」
「配偶者の本性、冷たさがよく分かった」
「病気を通してこの程度の人間かと人の腹がよく分かった」
「友達だと思っていた人がこちらが病気と分かった途端、急速に離れていった」
「親友にガンであることを告げたら着拒、LINEでもブロックされてしまった」
「本当に大切な人間関係が分かった」
「意外な人がこちらを大切に思い心配してくれていて驚いた」
などなど
俺のいいときゃ来たやつも♪とばかりに(笑)まるでこちらの病気におぞましいものを見たかのように急に背中を向け踵を返すような親しいと思っていた人間の内面を見せられ、傷つき、狼狽し困惑している方や大切な存在や人間関係に気付かされ、湧き上がる感謝の想いなどの投稿を見かける時があるものです。
感情の生き物でもある人間。こうした時というのはとかく自分を被害者の位置に置きたい心理が働きます。自分では気づかぬ深層心理の中で辛い症状や痛み、仕事や活動の停止、そこに伴う経済苦、健康を失う怖れなどが
「何故、このタイミングで病気なのか?」
「いったい俺(私)が何をしたと言うのだろうか?」
という葛藤を生じさせ、それが反転するように人への攻撃に向かわせるのも自我(エゴ)の得意とするところで、気を付けないと重箱の隅をつつき、揚げ足を取るような皮肉な思考ばかりをめぐらすようにもなるのです。
私はヒーリングやセッション、遠隔加持などを通して病気の方とこれまでずいぶん向き合ってまいりました。
以下はその方達より聞いた生の心の声というものですが…
「こっちは向こうが入院した時も病院までお見舞いに行ったのに、こちらが入院してもお大事にの一言もないって人間性疑いましたね」
「○○ちゃん、元気になったらまた必ずごはん一緒に行こうね♪必ず治る大丈夫!なんてLINE入れてきておいて、5分も経たぬ内に他の人達とのランチの写真を投稿して、まあそれはいいんですけど…やっぱり健康が一番、美味しいもの食べれないなんて損損なんて書き込みで、こちらへの当てつけかよと傷つきました」
「お大事に。ゆっくりおやすみくださいってお見舞いの決まり文句なのは分かるけど、身体に痛みもあってゆっくり寝ていられるものか💢なんて親しい人の善意からの言葉に怒りも出てきて罪悪感」
「親友と思っていた人にガンであることを話したらステージを聞かれて答えたら、それってやばいじゃん💦ああ、あたしガンじゃなくて良かったわ、なんて言っておいてその日の内にLINEブロック、着信拒否されてゾンビ扱いされたようでしばらく立ち直れませんでした」
「治療費や諸々で収入が途絶えたことから友達にお金を貸して欲しいと頼んだのですが、そんな余裕ないゴメンとあっさり断られて、自分は元旦那から散々DVを受けた時、子供と一緒に私のところで半月近くも匿ってあげたのにこの仕打ちかよと怒りが込み上げてきました」
「友達に希少ガンに罹ったことを告げたら大丈夫、○○はきっと治るよとか言っておきながら周りには○○お迎えが近いんじゃね、金とか貸していたら今の内に返してもらった方がいいぜとか言いふらしているのが聞こえて人間の裏腹を見るようでショックでした」
ここで大切なのは、人は決してこちらの思惑通りには動かぬ生き物と知ることです。時に親しき間柄であっても、人の不幸を皮肉な目で眺める人もいる。それもまた人間なのだと知り、囚われず通り過ぎることを学ぶことです。
また人間というのは、自分では人のためにたいそうなことをしていないにもかかわらず、自らを被害者、あるいは正義の番人のように位置づけてしまう生き物でもあります。
こちらの不調や病気から疎遠、縁切りとなった人の心中というものも、当の本人から見れば冷たく映っても、たとえばガンを告げて相手からブロックされたケースなども実際はそのブロックした当人に病気やガンに対する強い怖れがあり、友達から聞かされることによって、自分に投影してしまい、まるで感染から逃れるかのように怖れのままに機械的にブロックや着信拒否をしているケースなどもあるように思います。
(昭和の子供の遊び、「エンガチョー切った」と五十歩百歩というところでしょうか 笑)
また疎遠になったり、お見舞いの言葉やメッセージが無い人も一概に悪意があったとみなすことは出来ないもので、なかには病気の人間に何と声をかけたらよいものか?また顔を合わせたときにどのように接したらよいものか?考えあぐねたり、戸惑いがあったり、人によってはこちらからお見舞いにことよせて病状を聞いたりするのも失礼ではないかと思ったり、軽々しく病の人に声をかけるべきではないとポリシーを持っていたりと、人それぞれの心象風景はあるもので、
逡巡している内に月日が経ちご縁が消えゆくこともままあるのではないかと思うもので、とかく人間、対価や報償で人を計るところもありますが、報われないと思う自分、見返りを期待する自分にも執着が潜んでいます。
流水のごとくとらわれぬ自分。こちらが病になったからと罪悪感は必要の無いことで、消えるご縁は消えるにまかせ通り過ぎることを学ぶことが大切で、また本当はどこか未消化であやふやで続かぬ人間関係と奥底で分かっていたものが、自らの病を通してハッキリ現れただけということもあるのかも知れません。
そんなことよりも、今こうして身近にいてくださる方とのご縁を大切にし、厚意や親切を寄せてくださる方々へ慈しみと感謝の心を育ててゆくこと。それこそが病を通して私が学ばせていただいていることなのかも知れません。そう思う愚僧であります。
合掌


密教僧侶ヒーラー正仙
元ヤクザ組長から密教僧侶ヒーラーになった男
真言宗・大元吉祥堂・堂主・ヒーリングルーム吉祥・主宰
かつて極道の世界に身を投じていたが、獄中にて
スピリチュアルな気付きが始まり、出所後堅気になり、
その後真言宗僧侶と成る。
あたり前に生きる事が難しい今の時代、
自らを不安や恐れと言う闇の中に囲い苦しんでいる方達に
それぞれの方が本来持つ、
あるがままの素晴らしい光や輝きに気付いて貰える様に
愛を基にしたパワフルなヒーリングやリーディング、
講演を心掛けて行きたいと思っています。
皆様へ


密教僧侶ヒーラー正仙
元ヤクザ組長から密教僧侶ヒーラーになった男
真言宗・大元吉祥堂・堂主・ヒーリングルーム吉祥・主宰
かつて極道の世界に身を投じていたが、獄中にて
スピリチュアルな気付きが始まり、出所後堅気になり、
その後真言宗僧侶と成る。
あたり前に生きる事が難しい今の時代、
自らを不安や恐れと言う闇の中に囲い苦しんでいる方達に
それぞれの方が本来持つ、
あるがままの素晴らしい光や輝きに気付いて貰える様に
愛を基にしたパワフルなヒーリングやリーディング、
講演を心掛けて行きたいと思っています。
【追記】温かなお心遣いに心より感謝申し上げます
このたびお見舞いをお振込みいただきました。
変わらぬ温かなお心遣いに、心より感謝申し上げます。
そのような絆をあらためて感じさせていただくご連絡に、ただただ感謝ひとしきりでございます。
そのためか、作品からはチビの気配がそのまま伝わってくるようで、胸に飛び込んできた時の感触や匂いまでもが、ふと蘇るような心地がしたものです。
電子レンジなどで温めるだけで、あずきから発する蒸気の熱が深部まで浸透し、体の芯まで温もりを届け、血行を促進し筋肉のこりや痛みを和らげるとのこと。
また、内臓や目元を温めることで副交感神経が優位となり、リラックス効果や安眠にもつながるとのことです。
「電子レンジで温め過ぎて、あずきを爆発させないでくださいね!」
とのメッセージには、私のそそっかしさを見抜かれているようでもあり、思わず笑みのこぼれた愚僧であります。
合掌


密教僧侶ヒーラー正仙
元ヤクザ組長から密教僧侶ヒーラーになった男
真言宗・大元吉祥堂・堂主・ヒーリングルーム吉祥・主宰
かつて極道の世界に身を投じていたが、獄中にて
スピリチュアルな気付きが始まり、出所後堅気になり、
その後真言宗僧侶と成る。
あたり前に生きる事が難しい今の時代、
自らを不安や恐れと言う闇の中に囲い苦しんでいる方達に
それぞれの方が本来持つ、
あるがままの素晴らしい光や輝きに気付いて貰える様に
愛を基にしたパワフルなヒーリングやリーディング、
講演を心掛けて行きたいと思っています。



























