この話のつづき 

 

最後に書いた文章

ー前の義実家での一幕は、

子供にとっては親の愛情と映り、傷ついた自分を子供自身が気づくことで、その後は落ち着いて親の話を訊いていました。そこでわたしは、傷は早く気づくほど治りも早いことを教え、膝に乗ったり甘えてくる子供を存分に甘えさせました。

一方の義母はというと、強い喜びに共感を得られず中途半端に放りだされた不満から僻みを起こして、親に甘える孫を冷めた目で見て「もう大きいのにそんな」なる嫌味が出ていました。ー

 

義母は自分のことを「弱者である」と感じているから

6歳になった息子がわたしの膝にのったり、ベタベタと引っつく様子を見て、「もう大きいのにそんな」とまともな常識を話しているつもりで

原因が義母にあるとは考えません。

喜んで興奮しているときですら、孫に教えているつもりであり、孫を困らせているつもりはなく、

理不尽な行いをした自覚がありません。

また、甘える6歳児が構われる様子を気に食わず、義母自身が構われたい自覚もありません。だから「嫉妬」です。

 

さらには、

義母は嫁であるわたしが横やりを入れて邪魔すると感じていて、

6歳児ですら、この認識でもってわたしが非難を受けると理解していました。

だから6歳だった息子が「喜んでるおばあちゃんに何か言わなければ」という思いに捕まりました。そうせな、ママがイジメられる発想になるのでしょう(´・ω・`)幼子は自分の親が大事やし。

 

たしかに、わたしは横やりを入れてるし

そこには「困り果てた息子を救出する」という正当な理由があるのに

義母には理由も、原因も、まったく伝わりません。

これら一連の義母による言動行動を聞いた医師は

「コミュ障ですね」のひとことに、まとめました。

 

義母は子供のころから学校の成績がよく

お勉強がそれなりにできて親にほめられ、家のお手伝いなどほとんどさせられることがなかったと、身内の方々は言いまして

「頭のいい子」として育っているので、まともな人間の意識が高く、下々から敬われる立場で当然の自己認識を持っています。

 

問題は、義母の「関係性を築く能力」にありますが、

義母は「自分にとって」なる自己都合を判断材料にするので

「相手にとって」なる反転した視点から物事を見られません。

これを「頭がいい」といえるか否か、

頭がいいのであれば、義母がコミュニケーションに至る努力をしたら解決するのではないかとすら感じます。

「弱者を標榜する権利」から、根底の問題はないのでしょうか。

 

さてはて「頭がいい」と「知恵が働く」と

義母は「弱いフリ」をやりすぎて自己認知が歪んでしまうのやら、

「頭脳明晰」と「知恵者」では、まったく意味が変わるはずが、

使い方は自己判断に委ねられる現状に憂いを感じずにはいられません。

 

嫉妬については、こんな話もあります

 

本来的にセルフレギュレーション(自己制御)ができていれば、

子供を産みすぎることも、産まずに後悔することも

どちらもないでしょう(´・ω・`)?笑

産みたくても産めない、病気や事故から生殖機能が損傷を受けることはすべての人に等しくあり、

産んでも産まなくても選択した自分が責任を負って、現在に満足していれば「子供を原因にした」不平や文句は出ないはずですけどね。

どんな輪の中でも均一になることなどないのだから、小さな輪の中で井の中の蛙ごとく争わずとも、大局的な視点から現在の自分を見ればいいんじゃないの(´・ω・`)ひとます、自分の下に産まれてくれたことを感謝してみたら。

 

最新のデータでは、出生数が3割減って、育児支援金の支出は3割増えたらしく、

子供の数が減って総額が増えたなら、1人あたりが受け取る支援金は指数関数的に増えます。

比較した期間内だけでも、今は子供1人あたりに支払う助成金が約2倍となっており、

受取る家庭同士が内輪揉めすることはないと思うのだけど(笑)

これも「もっと、もっと」という煽りが起こす波乱かな。