赤ちゃん連れフォトグラファーのAzusaです。
ご覧いただきありがとうございます。
 
投稿三回目は自己紹介③として
「運命の合格発表、そして22歳の大学一年生へ」
について書きたいと思います。
 
 自己紹介①「母子家庭で育った幼少期から、高卒で公務員として働き退職を決意するまで」はこちら。
 https://ameblo.mom/azubablog/entry-12355020464.html

 自己紹介②「公務員を辞め、極貧の浪人生活へ」はこちら。

  https://ameblo.mom/azubablog/entry-12355284833.html

 

 

幼い頃からの夢を叶える医学部か
はたまた
憧れの志望校に合格できる可能性のある看護学科か
 
決断を迫られた私が
ふと思い出したのは、
 
浪人生活を始めた直後の入院生活のこと
でした。
 
 
(患者さんに一番近いところで、
患者さんの声に耳を傾け、
支えられるのは看護師なのかもしれない)
 
そう考え、看護学科を選択します。
 
 
 
前期試験は不合格
 
残された最後のチャンス、
後期試験
 
手応えはそれなりにあったものの、
枠は10名のみ。
 
不安を抱えながら合格発表の日を待ちます。
 
 
 
 
合格発表当日
 
 
合格者には
合格通知が速達で届きます。
 
 
 
しかし
夕方まで待っても
郵便が来る気配はなし。
 
 
 
これで一年の浪人生活が終わったか...。
 
 
明日からの生きる術を得るべく、
夕方に予約しておいた
キャバクラの面接に出掛けます。
 
 
 
面接した店で働くことを決め、
水割りの作り方を覚えて家に帰って来ると、
 
 
郵便受けに一通の書簡を発見します
 
 
まさか
 
 
と思い封を切ると、
 
 
そこには合格通知
 
 
 
こうして私は22歳にして大学一年生になります。
 
 
高校時代、浪人時代、
 
中央線に乗る度に
車窓からその姿を眺め、
ずっと憧れ続けた大学
 
それが自分の母校になる日が来るとは!
 
 
期待に胸を膨らませ、大学生活をスタートしました。
 
 
しかし、
他の多くの同級生のように
スクールライフを楽しむ余裕は、
私にはありませんでした
 
 
 
授業料は
奨学金で免除になったものの、
生活していくためには
お金を稼がなくてはなりません。
 
 
公務員を辞めてまで入った大学、
 
奨学金をもらい通い続けるためには成績上位でいなくては、
 
といった焦燥感に似た思いを抱えながら授業を受け、
放課後は毎日、
予備校で個別教師のアルバイトをする日々
 
 
 
さらに、
それに追い打ちをかけるように
辛い現実が突きつけられます
 
 
 
一年次の教養学部では、
語学や体育など多くの科目を
医学科の学生と共に受講します。
 
 
自分がずっと夢見て来たことを
実現できる人たちが、
 
すぐ隣にいる
 
 
 
自分で納得して選んだ看護師への道でしたが、
 
それでも、
長年の夢を諦めた自分が嫌でも思い起こされ
 
その度に自分の諦めた夢が顔を出し、
悔しいやらやりきれないやら、
何とも消化しきれない思いが膨らみ、
 
それは想像以上に堪えました
 
 
しかし、
一度しかないチャンスに与えてもらった機会
自分で選んだ道
 
もう後戻りはできない
前に進むしかない
 
 
 
でも、
これで果たして良いのだろうか
 
 
そんな
自分の下した決断に迷いが生じていた中、
 
その後の人生に大きな影響を与える出会い
に遭遇します
 
 
 
自己紹介④「迷いを断ったある医師との出会い、そして難病患者とともに歩む日々」に続きます。