罪悪感
割と身近にいつも
感じているもの
「ごめんなさい」
「私が悪いんです」
そんなはっきりした言葉に
なっていなくても
無意識に感じていること
ありませんか?
こんにちは
いはら あき です。
数秘と心のしくみを通して、
「私なんて」と思ってしまう
自分の背景を、
ほどいていくサポートを
しています。
先日、
末っ子を保育園に迎えにいくと
同じクラスの女の子に
話しかけられました。
「今度ね〜
◯◯ちゃんと、◯◯くんと
●●くんのお家に
遊びに行く〜」
そこに末っ子の名前は
入っていませんでした。
そうなん?
と気軽に答えながら、
心が曇っていくのが
わかりました。
それは、私に
「誘われない」傷があるから、
「末っ子は誘われなかった」
という出来事に
その傷が痛んだんです。
誘われない案件には
ずいぶん長いこと
自分と向き合ってきて、
私は本当はそれを
望んでいない
という部分を認めて
許してきました。
自分に対しては。
だけど
子どものことになると
別の感情が湧いてきます。
浮かんでくるのは
罪悪感
私がこんなんだから
子どもが寂しい思いを
しているんじゃないか
あの子も一緒に
遊びたいんじゃないか
集団生活の中にいると
どうしたって
気づいて責めてしまう部分。
だけど、責めていても
どうしても変えられない部分に
「ごめんね」って思う。
そうやって罪悪感を
感じている時
いったい何が起こると
思っているのでしょうか?
この罪悪感の中には
様々な気持ちが
絡まっています。
親として、
子どもを幸せに
できていない
人との関わり方を
教えてあげられてない
いろんな経験を
させてあげられてない
自分のことばっかりで
子どもの気持ちを
考えられていない
あぁぁ私のせいだ〜
って思って、
苦しくなるけれど・・・
そんなふうに
責めてしまうことも
実はエゴなのかも
しれません。
本当は、
子ども自身はそこまで
気にしていないかもしれない。
なのに、
「かわいそう」にしたくなくて
苦しくなってしまう。
私の「誘われない案件」も
そうなんです。
幸せにできない
なんて思って責めながら、
先回り責めることで
うまくできない自分を
守っているのです。
そうやって、無意識で
守っているのだとしても、
自分の現実の世界では
疲れてしまいますよね。
私も、一通り
自分を責めて
疲れが倍増しながら
家に帰ると、
なんと、母の日には
お金が足りなかったから、と
昨日になって長女が
プレゼントをサプライズして
くれたんです。
母の日には
素敵なお手紙をくれたから
もう十分だったけど、
「私が悪いんだ」
「こんな私なんか」
って責めていても、
それは表面のもので、
奥深くにある思いは
ちゃんと伝わっているもの
なんですね。
「私が悪いんだ」
「こんな私なんか」
そうやって責めていても、
本当はもう、
伝えたいことは
日々の中で
ちゃんと伝わっているのかも
しれません。
完璧なお母さんじゃなくても、
社交的じゃなくても、
うまく立ち回れなくても、
子どもを大切に思っている気持ちは、
思っている以上に
ちゃんと届いている。
だから、
罪悪感で自分を守り続けなくても、
そのままのあなたで
大丈夫なのかもしれませんね。
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